小倉新監督が名古屋で目指す理想の姿 キーワードは「『何でもできる』が強み」

今井雄一朗

「ゴールから逆算」という言葉に込められた意味

シモビッチ(9番)ら前線に高さのある選手がいるが、それを生かすサッカーに傾倒することはない 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 そのために小倉監督が指導におけるキーワードとして選んだのが、「ゴールから逆算」というものだった。臨機応変なスタイルの実現を目指すにあたって、軸足自体はボールを大事にする方向に置かれており、特にビルドアップの整備についてはこれまで最も試行錯誤が繰り返されてきた。199センチのシモビッチや185センチの野田隆之介を前線に並べても、安易にその高さを生かしたダイナミックな展開は求めず、しっかりと主体的に相手を崩していくことが考え方のベースにはある。しかし、ポゼッションはややもすればパス回しに終始してしまうというきらいもあり、そこからいかにしてシュートへの流れを生み出していくかは指揮官の腕の見せどころ。そこで小倉監督の場合、その処方箋にあたるのが「ゴールから逆算しろ」という言葉だ。この短いセンテンスには「ゴールへのアプローチを意識したポゼッションをしろ」という意味もさることながら、「常に第一選択肢はゴールへの最短距離を進め」という意図がより強く込められているのである。

 もう少し具体的に言えば、ボールを奪った瞬間にどこを見るか、その意識に投げかける言葉だ。小倉監督はポゼッションを重視しつつも、攻撃においてはまず直接的なゴールへのアプローチを要求する。最前線のFWに一発でパスを通せるならばそれは狙うべきで、そこから選択肢を落としていくうちに「ボールをキープし、ポゼッションから崩しにかかる」というところに落ち着いていく。リーグ開幕から数試合はシモビッチの高さを起点とすることが多かった名古屋だが、それは相手にハイプレスのチームが多く、その回避策としてロングフィードを多用することになった結果に過ぎない。得点としては中盤のボール奪取からのショートカウンターが多く、高さを利した攻撃を狙っているわけではないことは一目瞭然である。ここ最近では、シモビッチへの警戒が高まり、ロングフィードの有効性が少し下がったこともあり、ポゼッションへの意識をやや強めてはいるものの、もちろんそれがポゼッションへの傾倒を意味するわけではない。あくまで必要だから、練習するのである。

高い要求は若手や控え選手にも

小倉監督の高い要求に、選手たちも必死に応えようとしている 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 名古屋が想定している攻守の回転をあえて文字で表すならば、前線からのプレスでボールを奪いに行き、プレスがかからなければ中盤での守備ブロックで引っ掛ける。ボールを奪えばまずは最前線を見つつ、ショートカウンターも視野に入れ、ダメならきっちりポゼッション。サイドバックを高い位置に上げてビルドアップをし、サイドから入れるダイアゴナル(斜め)なクサビのパスをスイッチに、複数の動き出しから相手を崩す。もちろん、サイド攻撃も同時多重に行う。最終ラインでボールを奪った場合は言わずもがなである。とにかく、選手の選択肢に制限を設けないのと同時に、最善の選択を求めるのが小倉流なのである。まさに「『何でもできる』が強み」。正直に言ってそれは究極のサッカーであり、要求の高さは生半可なものではない。

 しかも、その途方もなく高い要求は、主力選手だけでなく若手や控え選手たちへも同等に行われる。「誰が出ても同じように戦えるように」とはよく耳にする台詞で、特にセカンドチームの選手たちへの接し方は厳しくも熱心だ。気が付いたことは積極的に話しかけ、現状打破へのアドバイスを送り続け、覚醒に期待する。下手をすれば控え選手の方が、要求のレベルは高いかもしれない。練習試合で思うような動きを見せてくれない選手たちに対し、小倉監督はいつも不満げな顔でこう答える。

「一生懸命やっているから出して下さい、はプロじゃないんだよ。もっと才能を引き出すためのアドバイスはするけれど、目に見える形として出てこないと、交代選手としてのイメージができない。サブで満足ならここにいる必要はない。もっと訴えてくるものが欲しい。監督に“答え合わせ”をするんじゃなくて、“オレを使え!”というパフォーマンスを状況判断や共通理解の中で出せるかなんだ」

 だが、小倉監督にとって幸運だったのは、名古屋のメンバーが果てしなく高い理想に共感し、実現のための努力を惜しまない選手たちだったことだ。キャプテンに任命された田口泰士は事あるごとに「簡単にできることではない。僕らが監督に応えたい」と発言し、エースの永井も「トライしたい。練習でやっているけれど、試合じゃできないじゃ意味がない」と尽力を誓っている。何よりも重要なのは、選手たち全員が「チームを良くしよう」という姿勢を打ち出していること。非常にハイレベルな要求に必死で応えようとする選手たちの努力があってこそ、このチーム作りの手法は成り立つからだ。選手が一人でも「これは無理だろう」と思ったが最後、このサッカーは絵に描いた餅に変わってしまう。そのあたりのモチベーションコントロールは、今後の課題と言える。

 真の意味でのオールマイティー、すべての面で戦えるチームを目指す小倉監督を夢想家だと感じる人もいるだろう。チーム作りの進捗状況はと言われれば、5割にもほど遠いと監督自身は感じているに違いない。だが、それでここまで戦える。リーグ5試合を終えた時点で2勝1分け2敗という今の成績は、逆説的に小倉監督の大いなる可能性を示唆するものである。手応えよりも課題が上回る現状が、少しでも分水嶺(れい)を超えた時、名古屋が何を見せてくれるのか。今はその期待感が、懐疑心を上回っている。

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著者プロフィール

1979年生まれ。雑誌社勤務ののち、2015年よりフリーランスに。以来、有料ウェブマガジン『赤鯱新報』はじめ、名古屋グランパスの取材と愛知を中心とした東海地方のサッカー取材をライフワークとする日々。

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