GK櫛引政敏を強くした3人のライバル 鹿島での新たな挑戦、そしてリオ五輪へ

安藤隆人

高校入学と同時に立ちはだかった先輩GK・笹森

AFC U−23選手権で守護神として優勝に貢献した櫛引政敏。新シーズンは鹿島で新たな挑戦に身を投じる 【Getty Images】

 ライバルとの競争が櫛引政敏を強くした。

 地元・青森でサッカーを始めた櫛引は青森山田高校時代にブレークし、清水エスパルスに入ると、3シーズン目には若くして正GKの座をつかんだ。2016年1月に行われたAFC U−23選手権では、チームの守護神として優勝に貢献。リオデジャネイロ五輪の出場権獲得の立役者となった。そして迎える新シーズン、櫛引はJリーグの強豪・鹿島アントラーズで新たな挑戦に身を投じる。

 こうした履歴だけを見ると、あまりにも順風満帆なサッカー人生に見える。だが、GKとは一つしかないポジション。その生存競争はすさまじいものがある。その中で櫛引が今日まで歩んで来られたのは、もがき苦しみながらもライバルとの競争の中で着実にステップアップしてきたからだ。

 櫛引にとって最初の本格的な競争は、青森山田高に入ってからだった。青森山田中から進学した08年、その身長は170センチ台で、瞬発力と反応の良さで勝負をする選手だった。全国中学サッカー大会の準優勝GKとして高校に上がって来た櫛引の前に、1学年上の笹森一成が大きな壁となって立ちはだかった。努力家の笹森がインターハイ、高校サッカー選手権予選などでゴールマウスに立ち、櫛引は控えに回った。

 しかし、この年の選手権で立場は逆転する。黒田剛監督は重要なこの大会で、1年生守護神を大抜てきしたのだった。

「マサ(櫛引)の身長がこの1年でグッと伸びた。180センチ台になり、GKとしての資質も十分にあった。本格的にプロを目指せる素材だと思ったからこそ、彼の可能性に懸けるために起用した」(黒田監督)

大迫に翻弄された初めての選手権

初めての選手権、櫛引は鹿児島城西の大迫(9)との駆け引きに翻弄(ほんろう)された 【写真は共同】

 だが、青森山田は準優勝した大迫勇也(現・ケルン)率いる鹿児島城西を相手に4失点を喫し、3−4で初戦敗退となる。端から見たら、黒田監督の賭けは失敗したかに見えた。しかし、この経験が櫛引と周りの状況を一気に変化させたのだった。

「初めて高校で全国に出てみて、力の差を感じた。特に大迫選手のシュートの技術、うまさには驚いた。自分の動きや位置を見て、嫌なコースばかり狙ってきた。上にいくためには、こういうストライカーのシュートを抑えないといけないとはっきり理解できた」(櫛引)

 初の選手権で大迫との駆け引きに翻弄(ほんろう)され、規格外のストライカーから喫した2失点は、櫛引の中の経験値のアベレージを大きく引き上げた。この試合以降、常に彼の頭の中には大迫というストライカーの残像が残り、得意だったシュートストップにさらなる磨きがかかった。

 さらに高2になる時、新たな転機が訪れる。黒田監督から「マサをプロにしてほしい」という依頼を受けて、湯田哲生コーチが青森にやって来た。細かいステップだけでなく、ポジショニング、駆け引き、重心の置き方、そして前への飛び出しのタイミング、判断など、GKに必要な細かい技術を徹底的に教え込まれ、さらなるステップアップを果たした。それは笹森も一緒だった。自分より1学年下の櫛引に選手権という重要な舞台でレギュラーポジションを奪われたことで、より気迫と意識の高さを持ってトレーニングに取り組むようになった。

 もともと櫛引は、黒田監督が「あっけらかんとしているというか、良い意味でポジティブだけれど、悪い意味ではちゃらんぽらんな部分もある」と語る性格だっただけに、笹森のメンタリティーと姿勢は、結果として櫛引にプラスの刺激を与え、意欲的な姿勢を引き出すこととなった。

 日々繰り広げられるハイレベルなポジション争い。09年の春先は笹森も成長を見せ、黒田監督もどちらを起用すべきか頭を悩ませた。櫛引が正GKであることに変わりはなかったが、笹森が出番をつかむ試合もあった。この切磋琢磨(せっさたくま)が櫛引をより磨き上げ、夏を過ぎると櫛引はもう笹森にポジションを渡すことはなくなった。

「笹森の練習に打ち込む姿勢、後輩をリードする姿勢は素晴らしかった。でも、明らかに能力面ではマサが上だった。笹森がマサを引き上げてくれて、徐々にマサが周りの信頼を勝ち得ていったと思います」(湯田コーチ)

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著者プロフィール

1978年2月9日生まれ、岐阜県出身。5年半勤めていた銀行を辞め単身上京してフリーの道へ。高校、大学、Jリーグ、日本代表、海外サッカーと幅広く取材し、これまで取材で訪問した国は35を超える。2013年5月から2014年5月まで週刊少年ジャンプで『蹴ジャン!』を1年連載。2015年12月からNumberWebで『ユース教授のサッカージャーナル』を連載中。他多数媒体に寄稿し、全国の高校、大学で年10回近くの講演活動も行っている。本の著作・共同制作は12作、代表作は『走り続ける才能たち』(実業之日本社)、『15歳』、『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、『ムサシと武蔵』、『ドーハの歓喜』(4作とも徳間書店)。東海学生サッカーリーグ2部の名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター

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