山縣亮太が過ごした「辛抱の時間」 短距離界に足りない切磋琢磨の意識

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日本のレベルが止まっている要因

――世界で戦うために、ご自身含めて日本人選手に一番足りないところというのはどういう部分だと思いますか?

 日本人選手に足りないところですか……。同じレベル同士の人間がまとまって練習しないことですね。それはやっぱりレベルが高くなってくると、練習で勝った負けたというのがものすごくメンタルに影響を与えるからだとは思うんです。もちろん所属しているチームの環境がそれぞれ違うこともあって、なかなか練習の日程が合わないというのもあると思うんですけど、とにかくトップレベルの選手たちが一緒に練習をやらないんですよ。今の日本の短距離界を見ると、それが1つもったいないと僕は思います。その状況も改善されつつはあるんですけど、同じ合宿に行ってもメニューは個人個人で、一緒にやって切磋琢磨(せっさたくま)して勝った負けたで悔しい思いをしたりとか、共に追い込めればいいのに、そういうのをあえて避けて通っている感じがあるんです。

桐生(左)ら同じレベルの選手たちと練習する機会はあまりない。切磋琢磨する意識の希薄さが日本陸上界の問題点でもある 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

――外国の選手たちはどうなんでしょうか?

 けっこうまとまってやっていますね、レベルの高い選手がチーム内に多いというのはあると思うんですけど。日本国内でも競歩なんかでは、みんながすごく切磋琢磨してバチバチにヒートアップして練習してるという話をよく聞きます。だから世界ランキング1位だったり、世界記録を出したり、ああいう活躍ができるのかなと思いますし、短距離ではそういう指導方針がトップレベルになるとコーチに委ねられるところがまずいかなと思います。

――山縣選手は桐生祥秀選手(東洋大)らと合同で練習されたりしていましたよね。

 去年はやっていましたね。僕は腰が痛い中でやっていたので、トレーニングの効果はあまりなかったかなと思うんですけど、そこでやっていたら「今ここで手を抜けない、抜かれるわけにはいかない」とか、意地みたいなのが出るので、それが実はいいんじゃないかなと。表面上は「きついね」とか「練習しんどいね」って感じなんですけど、いざ練習になると「負けたくない」というのがやっぱり少し出たんです。桐生は速いわけじゃないですか。一緒に走ってみたら「自分に足りないのはこの部分だな」とか「桐生はこの局面の加速力がすごいな」とか、肌で感じられることもある。そういうのを感じるためにもやっぱり一緒に練習して、自分の課題を明確化するじゃないですけど、そういう取り組みは必要なんじゃないかなと思いますね。

――逆に世界で戦う上で日本人ならではの強みってあったりしますか?

 技術は日本が世界一だと僕は思っています。技術というのはスプリント理論ですね。身体能力、筋力とかそういうものはやっぱりカリブの国の選手とはモノが違うので、日本はまだ短距離で表舞台には立てていないんですけど、ナショナルトレーニングセンターで教えてくれるスプリント理論や技術というのは、本当に世界のトップレベルだと思っています。僕は1チームしか海外の練習に行ったことがないんですけど、ジャマイカに行って練習を体験した選手に話を聞いていると、「足を回せとしか言われなかった」と(苦笑)。チームメートのレベルが高くて切磋琢磨できる環境があるというのは海外ならではだと思うんですけど、技術や理論に関しては実はそんなに世界に遅れをとっていないんじゃないかなというのが僕の率直な感想です。

――そうした理論に加えて、みんなが切磋琢磨できる環境がちゃんと整えば?

 日本はかなり強くなると思います。

目指すは「ロンドン越え」

リオ五輪での目標は「ロンドン越え」。まずはシーズン序盤でタイムという結果を出したいと意気込む 【スポーツナビ】

――あらためて振り返ると、ロンドン五輪からこの3年半くらいというのはどういった競技生活だったなと思いますか?

 ロンドン五輪の結果があって自分の進路も決まりましたし、そういった意味では今は自分の競技生活というものに満足しているというか。いや、満足はしていないですけど、今の環境はありがたいなと思っているし、そういうきっかけを作ってくれたロンドン五輪だなと思います。ただ、やはり一番はケガをしているというところで「辛抱の時間」だったなと。なんで自己ベストが出ないんだろうなという時期もあったし、なんでケガをしたんだろう、どうやったらケガが治るんだろうみたいな時期もあった。辛抱していた時間のほうが長いですね。

――9秒台を出すことにおいて、ご自身が今一番足りないと思うところはどういった部分ですか?

 まずは「ベースアップ」ですね。9秒台を出すためには、9秒台のスピードに耐えるだけの体がないとダメなんです。今までは10秒08とか10秒07とかのスピードには耐えられるけど、その先にはいけないという感じではあったので、主には筋力だったりとか、その辺のベースアップを図っていきたいと思っています。技術に関しては、自分はもうこれ以上改善する何か具体的なものがあるとは思っていないので、まずは体をしっかり作るということ、それに加えて最近新しく自分で掲げている「スピード持久力」をつけることですね。トップスピードの速さも大事なんですけど、そのトップスピードを長く維持できる力があればさらに変わるので、この2つをテーマにしています。

――桐生選手や高瀬慧選手(富士通)、サニブラウン・ハキーム選手(城西大城西高)らライバルも多いですが、彼らの存在も意識しますか?

 しますね。するなというのは無理だと思うんですよ(笑)。高瀬さんは2014年のアジア大会くらいからまたぐんと出てきました。僕も出たんですけど、桐生がケガで欠場した代わりに高瀬さんの出場が急きょ決まって、その高瀬さんに僕は負けてしまった(高瀬は10秒15で3位、山縣は10秒26で6位)。しかも高瀬さんはすごく速かったわけじゃないですか。それがやっぱり悔しかったですし、自分は何をしているんだろうというところもあったので、そういった意味で、2014年から2015年にかけての高瀬さんの活躍というのは僕もずっと注目しているし、刺激にして日々練習に取り組んでいます。

 サニブラウンも直接話したことはないんですけど、単純に速いですよね。高校2年生で200メートルを20秒34で走るっていうこと自体がまずすごいと思うし、インタビューなんかを聞いていてもけっこう堂々としている。やっぱりそれだけのものを持っていれば自信もあるんだろうなと感じます。でも絶対に負けないようにしたいし、後輩の選手というよりは1人のライバルとして意識をするところではあります。

 桐生も当然ですけど、速いじゃないですか。この前も10秒09で走っていました(昨年10月の布施スプリント)。僕がやれることといったら、自分の課題を明確にして取り組み、自己ベストを縮めることかなと。他の選手を意識していてもしょうがないんですけど、そういう選手の活躍というのを励みにしながら、「今日はもう1本走ろうかな」とか「練習を頑張ろうかな」と、モチベーションを持ってやっています。

――最後の質問です。リオ五輪に出場できた場合、目標はどこに置きますか?

 ロンドン越えですね。自己ベストを出すということもそうですし、ステージとしては準決勝から決勝です。それをもっと具体的にイメージするためには、春先のシーズンでタイムという結果を出さなければいけないですけど、理想としてはそう思っています。

(取材・文:大橋護良/スポーツナビ)

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