澤穂希が未来を切り拓いた伝説の一戦 「なでしこジャパン エピソードゼロ」

江橋よしのり

澤が押し開いた扉と、それに続いた後輩たち

北朝鮮戦には右ひざをテーピングで固めて強行出場。渾身のタックルで世界への扉を押し開いた 【写真:川窪隆一/アフロスポーツ】

 19時20分。両チームの選手たちがポジションに散っていく。青の10番は右ひざにテーピングをぐるぐるに巻いて、攻撃的なMFの位置についた。するとキックオフ直後、立っているだけで精いっぱいの彼女が相手ボールに襲い掛かった。体重の乗ったショルダータックルが、相手選手を突き飛ばす。相手はたまらず尻もちをつき、こぼれたボールを日本が展開してシュートまで持ち込んだ。

 このプレーの持つ意味は大きい。体の強さは北朝鮮のほうが上、という事前の評価を吹き飛ばしたばかりか、過去何年勝っていないだとか、直接対決で何連敗中だとか、そういった数字もすべて、澤がたったワンプレーで吹き飛ばした。目の前に立ちはだかる重い扉を、満身創痍(そうい)の体で押し開く渾身のタックルが決まった瞬間、日本の女子サッカー界が7年後に到達する世界の頂点に続く扉も同時に開けたのかもしれない。控え選手としてベンチで戦況を見つめていた安藤梢は「あの澤さんのプレーを見た瞬間、ああ、やっぱり今日は私たちが勝つんだ」と確信したという。さらにこの夜、巨大な手のひらとなった観客の中には、大学生だった川澄奈穂美や高校生の鮫島彩の姿もあった。

「あの試合のことは覚えています。選手たちから、そして会場の雰囲気から、みんなの懸ける思いが伝わってきました」と、川澄は胸に焼き付けられた記憶を再生する。

「澤さんは大きなけがをしていたのだと、私も後から知りました。そんな状態ですから、言い訳をしようと思えばいくらでもできたと思うけれど、澤さんはそうじゃなかった。戦い抜く澤さんたちの姿を見て、私の心は震えていました」

 いつか自分も日本代表になるんだという思いを、この夜、川澄はあらためて強くした。また鮫島は「当時の私は女子サッカーの未来なんて考えられるほど大人ではありませんでした。けれど国を懸けて戦う代表選手たちは、みんな本当にかっこよかったです。中でも澤さんは、雲の上の存在でした」と当時を思い出した。

 安藤も川澄も鮫島も、あこがれの澤の背中を追いかけて、やがてチームの一員に加わって世界の頂点へとかけ抜けた。彼女たちが通った道も、澤が扉をこじ開けたからこそできた道だった。

日本女子サッカー界の未来を切り拓く

北朝鮮戦の勝利は澤穂希のサッカー人生と、日本女子サッカー界の未来を切り拓いた 【写真:ロイター/アフロ】

 澤本人は、この試合の記憶がほとんどないという。集中力があまりに高かったため、刻一刻と新しい情報が脳の中に送り込まれたのだろう。たった数分前の記憶をどんどん捨てていかないと、新しい情報を入れる脳のメモリーが追いつかないほどだったということだ。澤の記憶に残っているのは、アディショナルタイムに入ってからの数分だけだという。「早く終われ!」と祈りながら走り続けると、やがて勝利を告げる笛が鳴った。3−0。難攻不落と思われた北朝鮮に完勝し、日本はアテネ五輪行きを決めた。

 この日の勝利をきっかけとして、日本女子代表には「なでしこジャパン」という愛称が与えられるようになった。

 運命の北朝鮮戦を終えた次の夜、空に張り付く月は、昨日よりも明るさを増していた。私は夜空を見上げながら、「いつになるかは分からないけれど、彼女たちが満月になる時を、記者としてしっかり伝えよう」と心に誓った。

 2004年4月24日。澤穂希のサッカー人生と、日本女子サッカー界の未来を切り拓いた伝説の一戦は、「なでしこジャパン エピソードゼロ」として後世に語り継がれることだろう。澤穂希の渾身のタックルとともに。

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著者プロフィール

ライター、女子サッカー解説者、FIFA女子Players of the year投票ジャーナリスト。主な著作に『世界一のあきらめない心』(小学館)、『サッカーなら、どんな障がいも越えられる』(講談社)、『伝記 人見絹枝』(学研)、シリーズ小説『イナズマイレブン』『猫ピッチャー』(いずれも小学館)など。構成者として『佐々木則夫 なでしこ力』『澤穂希 夢をかなえる。』『安藤梢 KOZUEメソッド』も手がける。

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