外国馬の債権引き取り◎ガンピット 「競馬巴投げ!第111回」1万円馬券勝負

乗峯栄一

「北の国から」泥のついた万札2枚

[写真1]コパノリッキーがフェブラリーS、JBCに続き今年GI3勝目となるか 【写真:乗峯栄一】

 いまCSのチャンネルで「北の国から」の再放送をずっとやっていて、毎回放送あと、脚本・倉本聰と八木亜希子の対談が付いてくる。

 息子・吉岡秀隆の「純」が中学を卒業して東京に出ていくとき、田中邦衛の「五郎」が、ドロの付いた万札2枚を渡すという場面(名場面の一つと言われる)が話題になり、倉本聰が「そういうお札ってあるでしょ? ぼくもねえ、おフクロから貰った500円札をどうにも使えなくて、ずっと財布にしまっていたことがあるんだ」と言うと、八木亜希子も「そうそう、わたしも使えなかったお札ってあります」と応える。

「500円は500円なんだけど、その札自体に貨幣価値以外のものがあるように感じるんだね」てなところで、話が締めくくられる。

 これはしかし、問題もはらんでいる。万札2枚や、500円札だけなら、どういうこともないだろうが、年間30兆円の売り上げを誇るトヨタが、「今年の売り上げは記念になるものだから、この30億枚の1万円札には、“黒板五郎さん”を見習い、全部ドロの印つけて、“お父さん、ありがとう”の意味を込めて一生使わないことにする。この30兆円は、ただの貨幣価値としての30兆円じゃない。特別な価値がある」などと言い出すと、これは日本経済の停滞につながる。

 競馬でも、ときどきそういう場面に出会う。「わたし、ユーイチの馬券は絶対払い戻さないの」と馬券を胸に押し当ててじっと佇む女とか、「ディープインパクトの馬券はただじっと持っておくの」とかいう女とか(こういうのは概して女に多い)を時々見かけるが、これは実は経済の停滞の元といえる。

 競馬ではJRAが「二カ月を経ると、キミの債権(馬券)はすでに債券でなくなる」という理不尽とも思える法規制をやっていて、年間50億ともいわれる未払戻金は「JRA雑収入」として処理されることになっている。しかしこれがもしいつまでも債権として有効ということになれば、JRAは毎年毎年、壺の中に50億円を溜め込んでおかないといけなくなる。壺の中の50億は経済を発展させない。

三種の神器の所有権はベールの中?

[写真2]昨年の覇者ホッコータルマエが連覇を狙う 【写真:乗峯栄一】

 つまり競馬でも経済でも行きつくところは所有の問題だ。

(1)毎月10万ずつローンを払ってマンションに住んでいて、払い終わったときにボテッと死んでしまう。

(2)毎月10万ずつ家賃払って賃貸マンションに住み続けている。

 これはどちらがいいのか。そりゃ(1)の方がいいだろう、資産が残るんだから。子供にでも相続できる、などと言われる。しかしもし相続人がいなかったらどうだ。全部国に没収される。

 所有権とは、法律的には「所有者が法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利」(民法第206条)とある。

 持っているだけでは所有じゃない。自由に使用・処分できることを所有という。「処分できない」「処分せざるをえない」というのは所有じゃないということだ。

 例えば源氏と平氏による壇ノ浦の合戦のあとには関門海峡の潮に、おびただしい武具や女官衣装、入水した安徳天皇の曲玉(まがたま)の箱まで浮かんでいて、それを周防灘の海賊たちが先を争って拾い集めたと言われている。しかし海賊たちはその戦利品を自分たちのアジトに持ち帰ってウハウハ喜んだかというと、そうではない。滅亡した平家の怨霊が怖かったからだ。刀も着物も曲玉もすぐに売っ払い、おかげで三種の神器も無事朝廷に戻ったと言われている。

 周防灘の海賊は戦利品を所有しなかった。

 三種の神器は“所有”の最高峰だ。何を持っているといって、「三種の神器持ってる」と言う人間が天皇家以外にもしこの世にいれば、それはえらいことになる。「フェラーリ持ってる」とか「ゴッホの“ひまわり”持ってる」とか「天目茶碗持ってる、時価イッーセーンまーん」とか言って含み笑いするのとは訳が違う。でもその所有の最高峰が実はベールの中だ。「ベールの中にあることによって三種の神器は維持される」とまことしやかに言う人までいるぐらいだ。

 ぐいっーと卑近なところに引き寄せても構造は同じだ。このポケットの中のカネはオレのだよな。ポケットの中の当たり馬券もオレのだよな。所有権は確定しているようだが、実はそうでもない。ポケットから半分出たカネは? もしポケットから転げ落ちたら? 転げ落ちたってオレのカネじゃないか。じゃあポケットから転げ落ちて百メートル吹き飛ばされたら? もし成層圏まで吹き上げられたら? 吹き上げられて三カ月経ったら?

 ポケットの中にあっても血染めの札束で平家の怨霊が乗り移っていると言われたら「あ、これはオレのカネじゃない」と言わなきゃならなくなる。

 所有権はそう簡単じゃない。所有権がそう簡単じゃないことが分かれば、儲けたやつは一切合切、有り金残らず馬券を買えということになる。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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