再び迷走し始めたレアル・マドリー プレー哲学のないチームの“偽りの輝き”

クラシコでの大敗、内容の伴わないプレー

クラシコでは本拠地でライバルに0−4と大敗し、“本当の顔”を暴かれることになった 【写真:ロイター/アフロ】

 しかし、11月21日に行われたバルセロナとの“エル・クラシコ”(伝統の一戦)は違った。この大一番で、レアル・マドリーは“本当の顔”を暴かれることになったからだ。

 他でもないライバルの本拠地サンティアゴ・ベルナベウにおいて、バルセロナはレアル・マドリーに残酷な現実を突きつける役割を買って出た。明確な哲学に基づいて作り上げた豪華なチームは、大きな成功を手にすることが可能だ。だが、良い選手をたくさん買い集めるだけの行為はただの浪費にすぎず、できたチームも“偽りの輝き”しか放つことはない。根本的に異なる2つのプロジェクトを元に作られた両チームの間には、あまりにも大きな差が存在していたのである。

 バルセロナに0−4と打ちのめされた後、レアル・マドリーはCLのシャフタル・ドネツク戦(4−3)、リーガのエイバル戦(2−0)と2試合で勝利を挙げることで、クラシコの大敗をある程度は消化できたような印象を与えた。

 だがこの2試合でもやはり、内容的に見る者を納得させるプレーは見られなかった。CLの一戦では明らかに実力が劣るライバルに対し、一時は4−0とリードを広げたにもかかわらず、残り時間わずかな試合終盤、あと一歩で引き分けに持ち込まれる状況にまで追い込まれた。

 エイバル戦ではレアル・マドリーが上回っていたことは確かながら、やはり内容の乏しい試合となった。それだけでなく後半20分、またしてもハメス・ロドリゲスは真っ先にベンチに下げられ、ベンゼマは終了間際までベンチに残ったまま、センターFWで起用されたC・ロナウドはPKで1ゴールを挙げたものの、ベイル以外に味方のフォローを受けられず、終始孤立した状況でのプレーを強いられた。

 レアル・マドリーがエイバルに勝てたのは、わずかなチャンスを生かすことができる質の高い選手を擁していたからであり、チームとして彼らのポテンシャルを引き出すためのシステムが機能していたからではない。さらに言えば、追加点となったPKの判定も怪しいものだった。

「バルセロナが首位を快走していられるのも今のうちだけだ」。メディアを通してそんな警告を発しているレアル・マドリーの選手がいるが、そんな発言に大した意味はない。彼らはマイクを通してではなく、ピッチの上でプレーを通してその警告を発する必要がある。彼らはそう遠くない昔にも同じような発言を行ったことがあるが、最終的な結果は良いものではなかった。

 レアル・マドリーは現在、13試合を消化し、順位表の上ではバルセロナと勝ち点6差、アトレティコ・マドリーと同2差の3位につけている。だが明確なプレー哲学を持たず、ボールを扱ってプレーすることを、そして自分たちのフットボールを通して見る者に喜びを与えることを忘れてしまったという点で、この2チームに大きく引き離されてしまっていると言えよう。

(翻訳:工藤拓)

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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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