300点超えを生んだ羽生結弦の“気づき” 無駄ではなかった2つの苦い記憶
ソチ五輪で学んだこと
世界最高得点で完勝したNHK杯の陰には、ソチ五輪での苦い経験があるという 【写真:ロイター/アフロ】
そしてその気づきは、NHK杯で生きることになる。羽生がSPの結果を受けて意識したのは「FSでの200点超え」と「合計スコアでの300点超え」だった。そこで羽生はどうしたのか。
「やりたいと思っていること、プレッシャーとして降りかかるようなことを考えている自分を認めてあげたんです。今回は試合に入る前からFSで200点を超えたいとか、合計で300点を取りたいという気持ちが少なからずありました。それにちゃんと気づくことができ、なおかつ自分がプレッシャーを感じていることに気づくことができました。こうしたことに気づけたのも、今までのたくさんの経験があったからこそ。これまでやってきたことが無駄じゃなかったんだなと思います」
かつての苦い経験を糧にし、未来の成功へと生かしていく。羽生が次々と偉業を成し遂げていけるのは、当たり前のようでいてなかなかできないことを、忠実にやり抜く器量を備えているからだろう。それは人間力の高さに他ならない。
もっと難しい4回転を跳べるように
「まずはこの瞬間を満喫してほしいと思っています。それが終わってから実際に演技を振り返って、今後どうしていくかを2人で考えていきたいです。まだシーズンは始まったばかりですし、ユヅルはもっと成長すると思います。その一方で今回の演技を超えるのはなかなか大変でしょう。おそらく誰も超えられない。超えられるとしたらそれはユヅル自身しかいないと思います」
これまでもそうであったように、これからも自分との戦いが続く。NHK杯でマークした点数を超えるためには、エレメンツの精度をさらに上げるか、より難度の高い4回転ジャンプが必要になってくるだろう。今シーズンからシニアに参戦している金博洋(中国)は中国杯で4回転ルッツのコンビネーションジャンプを史上初めて成功させた。NHK杯でも4回転ルッツを軽々と決めている。
「僕は金選手のように4回転ルッツは安定していないです。1回まぐれで下りたことがあるくらいで、彼のようなクオリティーでルッツも4回転ループも跳ぶことはできません。そして4回転アクセルも数回チャレンジしてみて、着氷することも回転することもできていません。将来的に4回転がどれだけ必要なのかは分かりませんけど、金選手はジュニアから上がってきて、今大会のSPとFSで4回転を後半に入れるという素晴らしい演技をしました。これはスケート界の将来を見ているような気もします。それが正解というわけじゃないですけど、僕自身もできることをすべて出し切って、もっともっと難しい4回転、質の高い4回転を跳べるように頑張りたいと思います」
この偉業もあくまで通過点。まだ見ぬ自分と出会うために、羽生結弦の挑戦意欲はますます高まっていくばかりだ。
(取材・文:大橋護良/スポーツナビ)