信じ難い不振にあえぐチェルシー モウリーニョが抱えるジレンマ

山中忍

全権を与えられない指揮官のいら立ち

開幕戦のスウォンジー戦で、アディショナルタイムに処置を行ったドクター(左)に対しモウリーニョ監督は「浅はかな行動だ」と非難した 【写真:ロイター/アフロ】

 その肩書きこそ「ヘッドコーチ」ではなく「マネージャー」のモウリーニョだが、実際にチーム作りの全権を与えられているわけではない。補強は担当役員との共同作業。発言権はオーナーのロマン・アブラモビッチと懇意でスカウトからテクニカル・ディレクターに昇格しているマイケル・エメナロと、アブラモビッチの元個人秘書で交渉担当のマリア・グラノフスカヤの方が強いと言ってもよい。

 力関係を示す好例が今夏のチェフ放出。モウリーニョは“副守護神”の放出に断固反対していたが、ロンドン残留と常時出場を望む本人の意思を尊重したオーナーの意向に沿ってアーセナルに売却された。チェフへの敬意を抜きに語れば、過ちと言わざるを得ないライバルへの戦力流出だ。選手購入に関しても、ファイナンシャル・フェアプレー(FFP)規則対応に加え、再来年から総工費1000億円とも言われる新スタジアム建設を予定しているフロントが、単価の高い候補に難色を示した。

 モウリーニョは獲得に至った新戦力にも不満だったようだ。控え左サイドバック(SB)としてのババ獲得は悪くはないと思われたが、リーグ戦先発起用は第9節のアストンビラ戦(2−0)までお預け。ババの加入でレギュラーのセサル・アスピリクエタを本職の右SBとして使えるようになるはずが、その右サイドでは著しい不振でも負傷による戦線離脱までブラニスラフ・イバノビッチが先発を続けた。新センターバックのパピ・ジロボジはいないも同然で、CLでは登録メンバーにも含まれていない。元々コンディションが疑問視されたファルカオは細かなけがの繰り返し。9月29日のポルト戦(1−2)では、当人にけがはなく、ベンチにはFWがいない状態でもメンバーから漏れている。

 不満のひと夏を経た指揮官の心境は、開幕節スウォンジー戦(2−2)での医療スタッフ批判にも垣間見られた。退場者を出して迎えた後半アディショナルタイム、処置をしに出たことで、手当を受けたアザールがいったんピッチの外に出なくてはならず、フィールド選手8名となる状況を招いたことは事実だが、チームドクターとフィジオは任務を全うしただけのこと。試合後の「浅はかな行動だ」という発言と現場追放という過剰な反応は、補強不足の現状に対するいら立ちと、開幕戦からつまずけば昨季の再現は難しいという不安によるものだったのではないだろうか?

負のスパイラルに陥った昨季王者

チェルシーは、開幕12戦でわずか11ポイント獲得の16位と苦難の今季スタートを強いられている 【写真:ロイター/アフロ】

 実際にチェルシーは、ポイントを落とすとともに自信も低下する負のスパイラルに陥った。モウリーニョ体制の基本であるはずの守備は、オーナーの意向をくんだ攻撃姿勢強化の一環である両SBの押し上げと、2ボランチの不調もあって最終ライン中央の機動力不足を露呈。第2節マンチェスター・シティ戦(0−3)の途中から、最年長のテリーに代わる若いクル・ズマの起用が増えたが、プレミア2年目の21歳は走力が十分でもポジショニングのノウハウが不足している。攻めても、切り札のアザールは「キャリア初のスランプ」、エースのD・コスタは「体重オーバーでの始動開始」を認める状態で得点力が低下。開幕から本来の力を発揮している攻撃陣は、定位置の2列目右サイドにペドロという競争相手が加わったウィリアンぐらいだ。

 負け慣れていなかった集団の自信喪失は深刻。指揮官は、時には審判批判という暗幕でパフォーマンスの悪さを隠し、時には公の場で選手を非難して尻をたたくなどしてアメとムチを使い分けたが即座の自信回復はならず。心離れが噂されたアザールに対しても、腹を割って話をする時間を設け、リバプールとの大一番では、左サイドよりもボールに触れる機会の多いトップ下での先発起用も試みたが振るわず、後半早々にベンチに下げざるを得なかった。代わりにベンチを出たのは19歳のケネディ。将来有望なブラジル産タレントだが、強豪対決で形勢逆転の期待を託すのは荷が重すぎる。

 昨季末のモウリーニョはこうも言っていた。「来季も成功を手にするには今季以上のパフォーマンスが必須だ」と。分かっていたのだ。補強不足による苦難の今季スタートがあり得ることを。

2/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。青山学院大学卒。西ロンドン在住。94年に日本を離れ、フットボールが日常にある英国での永住を決意。駐在員から、通訳・翻訳家を経て、フリーランス・ライターに。「サッカーの母国」におけるピッチ内外での関心事を、ある時は自分の言葉でつづり、ある時は訳文として伝える。著書に『証―川口能活』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『フットボールのない週末なんて』、『ルイス・スアレス自伝 理由』(ソル・メディア)。「心のクラブ」はチェルシー。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント