スプリンター・桐生祥秀が目指す走り シーズンを終えて振り返る2015年

折山淑美

課題があった冬期練習の取り組み

高校時代とは練習環境が変わり、コーチに依存してしまった部分があった 【スポーツナビ】

 それとともに反省するのは冬期練習の取り組み方だった。「今思えば冬期に何をやったかの印象が薄くてあまり覚えていない。例えばバウンディング(大きなストライドで弾むように進む動作)の練習にしても、それを徹底してやるのではなく、少しできるとそれで止めて違う練習に移っていました。その時はやっている気持ちになれたけど、目的意識が曖昧でした」と話す。

 そんな練習でも、いきなり9秒87で走ったが、「追い風は追い風。高校時代もあのくらいの条件で走っていれば、そのくらいの記録は出ていたはず」と普通に受け止める。
「肉離れをした時も、大会が続いて海外へ行っては、帰ってきてというのを繰り返していて、練習量は少なかったのもあります。それにあの時期はタータン(陸上用のトラック)での練習が多く、もともと僕はタータンの練習が得意ではないんです。最初のうちは、周りに合わせなければいけないというのもあったので一緒にやっていたけど、(他に合わせた練習メニューをこなすことで)けっこう疲れもあったりしました。そこが中学、高校の頃とは違いますね。高校の時は1時間の自由練習があったので、その時に跳躍の選手に声をかけて一緒にバウンディングの練習をしたりとか、自分がやりたいことをできていたので」と今までとの練習に違いがあった。

 この1年間は土江寛裕コーチの練習をやると自分の中で決めていた部分もあり、そこでやってきたことは間違ってはいなかったと言うが、「言う通りにやればいい」と依存してしまい自分で考えるという気持ちが希薄になっていた部分はあったのだろう。その辺りはこれからの冬期練習へ向けての土江コーチとのミーティングで、しっかり話し合いたいと希望している。

他選手の活躍は「いまさら考えても仕方ない」

けがの影響で世界選手権は欠場。中国勢には先を越されたが「いまさら考えても」とすでに前を向いている 【写真は共同】

「関東インカレ後に肉離れをした時は、初めての右脚だったのでメチャクチャ痛くて最初の1週間くらいは普通の生活もできないくらいでした。だから半年くらいは長引くし、ジョグをするまでに何カ月かかるか分からないなと思ったんです。でもドクターから2カ月で治ると言われたので『あ、そんなものか。リオは全然大丈夫なんだ』と気持ちも楽になりましたね。だからその瞬間は落ち込んだかもしれないけど、ホッとした部分もありますね。だから日本選手権の頃は普通に街を歩いていて、試合もテレビで見ていたし、世界選手権も完全に観客気分になって寮でみんなと一緒に(ウサイン・)ボルトと(ジャスティン・)ガトリンのどっちが勝つかなんて話しながら見ていました」

 だから中国の蘇炳添が準決勝で9秒99を出して決勝進出を果たしたことも、「すごいな」と思ったくらいで、現地にいた関係者ほど衝撃も受けなかったという。

「13年の世界選手権で張培萌が10秒00で走ったのも見ていたし、今回は蘇も調子がよかったですからね。あの瞬間は先に決勝へ行かれた悔しさもあったと思うけど、今思ってもどうしようもないことなので。それは自分が次に一緒に走る時には、勝負して勝たなければ塗り替えられないことなので……。だからリレーで先に37秒台を出されたというのも、いまさら考えても仕方ないことですね。日本も個々の力をあげて一人一人が速くなることからやればいい。合宿でもまずは全員の走力を上げて、その上でバトン練習をやればいいと思います」

“シンプル・イズ・ベスト”

オフの間は「陸上のことは全然考えていない」と話す桐生。考え過ぎず、自然体でいることが、本来の力を出すためのポイントとなりそうだ 【スポーツナビ】

 リオデジャネイロ五輪をにらむ今年の冬期には、ここしばらくやっていなかったジャンプトレーニングや、坂道ダッシュも取り入れたいという桐生。来年は200メートルにも挑戦したいとは言うが、レースをまとめる200メートルの走りはしたくないとも話す。「僕としては100メートルの方が面白いですし、レースをそんなに難しく考えていないですね。100メートルも本当にシンプルで、前半からガツガツいって速くゴールできればいい、それだけです。いずれはレースをもう少し複雑に考えるようになるかもしれないけど、それはその時にしっかり考えればいい話だから」

 ケガをしたこともしばらくたてば忘れてしまい、肉離れをした脚も右と左を間違えて話してしまうこともあるし、今年の肉離れの箇所も上の方だったか下の方だったかも曖昧になっていると笑う桐生。そんな性格と、「調子のいい時では自分の走りは毎回違うんです」というまでの大雑把さも彼の強さの秘訣なのだろう。

「今はシーズンが終わったばかりなので、陸上のことは全然考えていないんです。リオへ向けて何をどうしようかというのも、冬期練習が始まった時に考えれば十分だと思うし」
 こう話す桐生が今目指すのは、自分の感覚にしたがって楽しく、勢い良く突っ走ることだけだ。それで新しい世界に到達すれば、また新しい視野が広がって来る。“シンプル・イズ・ベスト”それがスプリンター・桐生祥秀が今目指す走りだ。

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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