降って湧いたJ1ライセンス問題の行方 J2・J3漫遊記ツエーゲン金沢<後編>

宇都宮徹壱

「チャンスがあれば上を目指すべき」

金沢の西川GM。当初の私案では、J1には「J2昇格から早くて5年くらいで」と考えていたという 【宇都宮徹壱】

「ここまで戦えるとは正直、想像していなかったですね。開幕前はクラブとして『J2残留』という目標を掲げつつ、1つでも上の順位でフィニッシュできたらいいな、という思いはありました。その意味ではうれしい想定外でしたね。もっとも、ウチには勝利給とか連勝ボーナスといったものがあるので、うれしくも悩ましいところではあります(笑)」

 そう語る3代目GMの西川圭史は、現在38歳。神戸の出身で、東大法学部卒業後、日本政策投資銀行を経て、妻の実家(老舗の和菓子屋だそうだ)が近い金沢で教育や人材育成の事業を立ち上げたのち、縁あって12年にクラブの取締役GM、14年に代表取締役GMとなっている。そんな西川は当初、J1へのロードマップをこのように思い描いていた。

「あくまでも私案ですが、J2最初のシーズンは5億5000万円くらいの予算でスタートして、毎年1億円ずつ積み上げていって、5年後くらいにJ1にチャレンジできれば理想かなと思っていました。松本山雅さんはJ2昇格から3年でJ1に行きましたが、クラブの体力や環境を考えれば、5年でも早い方だと私は思っていました」

 J1ライセンス取得は、来年の申請に何とか間に合わすことができれば。クラブ側はそのようなプランを描いていた。しかし、状況は一変する。チームがJ2で首位争いを演じているうちに(実際、首位にも立った)、地元でもさほど人気があるとは言えなかったローカルクラブは、やがて全国メディアでも取り上げられるようになる。それが「殿様気質」と揶揄(やゆ)される金沢市民の琴線にも触れ、「なぜJ1ライセンスがないんだ」という世論を高めることとなる。浦和レッズの常務取締役、Jリーグのシニアアドバイサーなどを歴任した取締役の由井昌秋は、この機会を逃すべきではないと力説する。

「確かに、現状の体制のままでJ1を戦えるとは思っていません。戦力以前にクラブそのものが脆弱であると言わざるを得ない。しかし、チーム、クラブそして地域が上昇気流にある今こそ次の手を打つべきです。逆スパイラルになったら何倍ものエネルギーを費やしても効果は出ない。チームを強くすることがクラブを強くする。今チームは、整備の十分ではない練習場を転々としています。選手がストレスなく練習に専念できる環境を整備することが何よりも大切です。そのためには、ホームタウン(地域)の協力が不可欠となる。そうしたムーブメントを起こしていくことがJ1ライセンス取得の大きな目的であることを忘れてはいけない。とはいえ、ライセンスがない状態が来季も続いたら、選手のモチベーション維持も難しくなると思います」

 当初は「5年後くらいにJ1を目指せるクラブに」と考えていたGMの西川も、すでに覚悟を決めたようだ。クラブの体制にはまだまだ課題があることを認めつつも「やれるだけのことをやるのがクラブのあるべき姿勢」との見解を示している。

「昔から応援している方は『そんなに早く上がっても苦しいだけだぞ』と言ってくださいます。確かにそうなんですが、環境整備をするには今が千載一遇のチャンスであるのは間違いない。それに徳島ヴォルティスがそうでしたが、トップリーグに昇格することで見えている世界も変わってきますよね。ウチもプロサッカークラブですから、残留という目標達成を確かなものとした上で、チャンスがあれば上を目指すべきだと私は考えます」

「スポーツ市長」の驚くべき証言

北陸新幹線開通で活況を呈する金沢駅。J1ライセンス取得で駅前の風景も変わるだろうか? 【宇都宮徹壱】

 どうやらクラブとしては、今季でのJ1ライセンス取得に向けて、かなり前向きであるようだ。ただしクラブハウス付きのトレーニング施設となると、当然ながら行政の理解と協力が不可欠。そこで最後に登場してもらうのが、現金沢市長の山野之義である。地元・金沢出身の53歳。2010年の市長選挙で「金沢市民マラソンの誘致」を訴えて初当選した。現在は2期目で、市民の間では「スポーツ市長」として知られている。

「金沢という街は、文化的活動をやっていれば人もメディアも積極的に行政も関わる土地柄です。ところがスポーツに関しては、そういった文化はありませんでした。でも、地道に続けていくしかないです。金沢の伝統文化にしても、工芸や芸能にしても、一朝一夕でできたものではない。スポーツ文化についても、同じことが言えると思います」

 そう語る山野は、歴代の金沢市長の中では、かなり型破りな存在である。これまで市長は、金沢の伝統文化を手厚く支援していたものの、スポーツに関してはほとんど無関心を決め込んできた。当然、地元からJリーグ入りを目指すクラブに対しても、市として積極的なサポートをしようとする機運など、望むべくもなかった。では「スポーツ市長」の異名を持つ山野は、今回の「J1ライセンス問題」について、どのように考えているのだろうか。ここで市長の口から、驚くべき証言が飛び出す。

「実は2年前の予算書の中で、すでに『安原ボールパーク構想』というのがあるんです。旧電電公社が運動場に使っていた土地を金沢市が買い取って、今は安原スポーツ広場という野球の練習グラウンドになっています。で、いずれここに天然芝も敷いてサッカーもできるようにしようという話は、実はツエーゲンの練習場の話が出てくる以前からあったんですよ。ですからハード面では問題はない。あとはタイミングの問題ですね」

 なんと、すでに候補地があるというのだ。現時点では金沢市からは「ツエーゲンが優先的に施設を使用できる」とか「クラブハウスを建設する」といったアナウンスはなされていない。それでも市長の口ぶりを聞く限り、こちらもかなり前向きな様子。しかも6月末のライセンス申請の締め切りに向けて、クラブ側との具体的なすり合わせが水面下で進んでいることも示唆した(市長へのインタビューは6月1日に行っている)。

 その後の報道によれば11日に、米沢社長、西川GM、由井取締役、そして選手代表として清原翔平と作田裕次の計5名が、山野市長を訪ね、J1ライセンス申請に向けた要望書と村井満Jリーグチェアマンの支援メッセージを手渡した。これを受けて市長は「思いを重く受け止め、ライセンスを取得できるよう努力する」と約束。おそらく本稿が世に出る頃には、J1ライセンス申請に関して、クラブ側と行政側から正式発表があるはずだ。(編注:6月26日に申請)

 金沢という、北信越屈指の観光都市をホームタウンとしながら、そのポテンシャルをなかなか生かせず、そして行政や一般市民からもあまり顧みられることもなく、地域リーグからこつこつと歩んできたツエーゲン金沢。そんな彼らに今、途方もない追い風が吹いている。クラブと市が下した決断は、この地にどのような変化をもたらすのであろうか。

<この稿、了。文中敬称略>

(協力:Jリーグ)

2/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント