マインツ移籍を決断した武藤嘉紀の誓い 変わらぬ謙虚かつ堅実に進化を求める姿勢

後藤勝

積み重ねてきた着実なステップアップ

マインツへの移籍を発表し、サポーターの声援に手を振って応える武藤 【写真は共同】

 これだけ周囲に惑わされずに決断を下せる人間がいるものか、と思う。武藤嘉紀の話だ。チェルシーを袖にして、かといって愛着の強いFC東京に残留するでもなく、分相応のマインツ05への移籍を決めた。

 5月30日、味の素スタジアムでの対柏レイソル戦終了後、オーロラビジョンでファン、サポーターへの報告を済ませた武藤は、すっきりした表情でミックスゾーンに現れ、マインツに決めた理由をこう語った。

「自分を本当に必要としてくれているチームに行かないといけないと思います。海外はまず慣れることに時間がかかりますから、着実にステップアップできるように、こつこつとやっていけるチーム選びを心がけました」

 着実なステップアップ。それは武藤がずっと積み重ねてきたことだ。

 2年前の6月、武藤はまだ大学生で、特別指定寸前の選手として、FC東京の新潟県十日町キャンプに参加していた。武藤は日本体育大学との練習試合に出場すると、やはり練習生のFWステファン・ムゴシャへのパスを供給してアシストしたり、左サイドをカモシカのように大きなストライドで駆け抜けてゴール前まで一気に突進していた。45分×3本の3本め、武藤はダメ押しとなるゴールを平山相太の縦パスから決めてもいる。

 指揮官はマッシモ・フィッカデンティではなくランコ・ポポヴィッチで、この夏期キャンプ中のプレーを見初め、中断期間明けの7月6日、味の素スタジアムでのJ1第14節、サンフレッチェ広島戦に出場させた。これが武藤のプロデビューだった。

 日体大との一戦のあと、ランコ・ポポヴィッチ監督は次のように武藤を評価していた。

「良かったと思います。成長していますし、課題もしっかりと修正されてきている。面白い選手になってきました。より成熟した選手になってきたと思います。特にゴール前での落ち着きであったり、最後の部分の精度が去年より成長している。生まれながらに持っているスピードはトレーニングで身につくものではありませんから、そこも特徴ですね」

 あれから2年。武藤はその本質を変えずにひたすらクオリティーを高めてきた。結果として慶應義塾大学やFC東京には収まりきらなくなり、次のステージを求めた。

花ではなく、実を取った移籍

過度の注目にさらされながら、ゴールを決め続けた。柏戦もPKで得点 【写真は共同】

 2014年にフィッカデンティ監督が就任、突破力を生かすために武藤をウイングで開幕戦から起用したことがブレイクスルーのきっかけになった。4−1−2−3から4−3−1−2にフォーメーションを変えると、武藤は2トップの一角に居場所を移し、プレースタイルもウインガーのそれから2トップのFWへと変化。ゴールを量産して日本代表入りを果たした。

 FIFAワールドカップ・ブラジル大会で惨敗したあとの日本代表にとっての新しいスター誕生。世間は色めいた。武藤は「現役慶大生」「イケメン」の判を押されることを嫌がっていたが、これはフィーバータイムの始まりに過ぎなかった。

 今年4月初旬にチェルシーからの正式オファーが報じられると、FC東京の練習場である小平には連日メディアが大量に押しかけ、徹底的に武藤をマークした。武藤、大金直樹社長、立石敬之GM(ゼネラルマネジャー)との果てなき追いかけっこ。移籍問題が決着するまで、この事態が終わらないことは明らかだった。代表デビューのときを上回る過熱ぶりに、クラブは異例の取材規制を敷いた。

 しかし過度の注目、連戦の疲労に苛まれながらも、最低限の取材には応じざるをえない。武藤もきちんと立ち止まり、話すことは話すのだが、表情も口調も憔悴(しょうすい)し、快活な一面は影を潜めた。

 武藤はこのプレッシャーにつぶされなかった。週2試合ペースの連戦でもフル出場を続け、ひたすらゴールを決めた。そして考え抜いた。

 チェルシーは確かに最上級のメガクラブだ。武藤も魅力を感じ、一瞬ブルーのユニホームを手に取りかけた。それでも最終的にはマインツを選んだ。

「(マインツは)前線から守備をしてハードワークを求めるチーム。監督ご自身が僕を必要と言ってくださっていた」

 アップダウンが激しくハードワークを求められるという意味では、プレミアリーグにもブンデスリーガにも適応できる可能性がある。そのなかでよりフィットするチームを武藤は欲した。花ではなく、実を取った。

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著者プロフィール

サッカーを中心に取材執筆を継続するフリーライター。FC東京を対象とするWebマガジン「青赤20倍!トーキョーたっぷり蹴球マガジン」 (http://www.targma.jp/wasshoi/)を随時更新。「サッカー入門ちゃんねる」(https://m.youtube.com/channel/UCU_vvltc9pqyllPDXtITL6w)を開設 。著書に小説『エンダーズ・デッドリードライヴ 東京蹴球旅団2029』(カンゼン刊 http://www.kanzen.jp/book/b181705.html)がある。【Twitter】@TokyoWasshoi

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