マインツ移籍を決断した武藤嘉紀の誓い 変わらぬ謙虚かつ堅実に進化を求める姿勢
「世界でも名の知れたプレーヤーに」
世界へと目を向けさせた一因となったのは日本代表でのプレー。本田(右)らから刺激を受けた 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】
「代表選手と一緒にやって、ヨーロッパでやっている選手を目の前にして、自分もやりたいと思いました。まずはここで成長させてくれたFC東京のスタッフの方々だったり、ファン、サポーターの方々、そういった人たちにも自分がもうひとつ上のレベルで結果を出す姿を見てほしい。でもこれから、もっともっと世界でも名の知れたプレーヤーになりたいということもあったので、そういうことも考えて決断しました」
ワールドクラスへの変貌は日本代表にとっても朗報だ。初選出の際、武藤は「日本代表としての誇りを持って、選ばれるだけでなく、試合に出てしっかりと得点に絡みたい」と言っていた。突破力と決定力と強靭(きょうじん)なメンタルを兼ね備えたFWは、世界を相手にしたときの武器になる。
欧州で活躍して代表の常連となる。武藤は、自らに刺激を与えた本田圭佑や香川真司と同じ位置で日本サッカーのために貢献し、その経験をJクラブ所属の代表選手に伝えていく。第2、第3の武藤を生む種ともなりえる。
スターへのルートに乗った武藤だが、マインツへの移籍を決めても、謙虚に、堅実な進化を求める姿勢は変わらない。
「上を見すぎても仕方がないので、そこで結果を残せばまたいいお話がいただけると思う。まずは自分を必要としてくれたチームにしっかりと貢献していきたいと思います」
よほど力のあるFWであれば、ふられた格好のチェルシーも放っておかないだろう。そのときは即戦力として武藤に声をかけてくるはずだ。この筋の通った考え方があるかぎり、武藤は大きな失敗はしないだろう。
共に歩んできた三田との友情
柏戦では、幼いころから共に歩んできた三田(左)とそろってゴールを決めた 【写真は共同】
「いや、まったくないです(笑)。本当にないです。なんのタイトルももたらせなかったですし、そこは本当に、ファン、サポーターの方々に申し訳ないと思っています」と言う武藤に、さらに「それは今後の活躍で感じとってもらう?」と問いを重ねると、武藤は次のように答えた。
「絶対に引退するときはFC東京で引退したいと思っています。僕を育ててくれたチームはFC東京であって、ファン、サポーターの方々がいる。サッカー(人生)の最後、ヨーロッパから帰ってくる時期が来ると思うので、そのときまたFC東京に戻ってきて、恩返しできればいいなと思っています」
武藤はここまで考えていた。いま、瞬間的な「チェルシーに行ってみたい」という欲ではなく、キャリア全体を見通しての決断。決して浮ついた考えではない。育った家への誠意もある。
囲み取材でわたしから発した質問はもうひとつある。「試合が終わってヒーローインタビューのあと、タマ(三田啓貴)と肩を組んで歩いていましたけれど、どんな気持ちだったんですか」。
武藤は遠くを見るような目で、かすかにふるえた声で、こう言った。
「そうですね、タマとは小学校からずっと一緒で。初めて出会ったのは僕が小学校1年生のときですけれど、そこからずっと一緒に遊んで、一緒にサッカーをして。一緒にこうやって最後にゴールを決めることができて、肩を組めたことは、非常に感慨深いです」
バディSCで公園を10周、20周と走り、メンタルとフィジカルを鋼のように鍛え始めたときから、共に歩んできた三田。2年前の夏、三田は武藤よりも注目されていた。
しかし世間の関心が三田より武藤に向いたいまとなっても、2人の友情は変わらない。柏戦の前日、三田は練習が終わったあと、武藤が出てくるまで玄関先のベンチで待っていた。推測するだけ野暮だが、大事な試合を前に、移籍を含めていろいろな話があったことだろう。その2人がそろってゴールを決めたことで、武藤も気持ちに区切りをつけ、前に進んでいくことができるのではないか。
武藤は欧州へと旅立つ。いずれ帰ってくると誓い、愛しい巣に、いっときの別れを告げる。その卒業の日は1カ月後だ。ファーストステージ最終節、タイムアップの笛が鳴る瞬間まで、武藤の一挙手一投足を見守りたい。