倉敷で歴史を刻む佐々木美行  フィギュアスケート育成の現場から(7)

松原孝臣

保護者全員が主体的に参加するクラブ

保護者全員が主体的に参加するクラブ。その中心には佐々木がいる 【積紫乃】

 では、どのようにして組織の力を培っていったのか。

「みんなで取り組むこと」
 と、佐々木は言う。

「例えばクラブの運営。最初1人でやっていたら、『名簿くらい作りますよ』『これくらいならできるので』と、保護者の皆さんがかかわってくれた。それは今日にも受け継がれています。新人係、衣装係、今ならブログの係とか役割を細分化し、1人ひと役を担いながら、保護者みんなで運営にあたる」

 保護者が携わるのは、そうした運営面ばかりではない。コーチとしてリンクに立つ人もいると言う。

「田中刑事君とか友滝佳子ちゃんが入ってきた頃からですかね。保護者の方が滑れたりしたものですから、入部したての子を見てもらおうと。そうすれば、私がちょっと上の級の子にもっと時間を使えるようになったりするわけです」

 リンクに立たなくても、曲の再生を担ったり、役割はさまざまだ。
 運営、指導、その両面での保護者全員が主体的に参加する体制。そうしたあり方を志向した中核にあったのは、「1人で充実した組織にはならない」という思いだった。

「だって、1人でできることなんて限られているじゃないですか」

組織の中心にいるのは佐々木

 子どもたちの練習風景を保護者が見守るのも日常だ。
 コーチの中には、保護者との間に一線を画す、現場にあまりかかわってほしくないと考える人がいないわけではない。

 運営や指導にも参加するのだから練習風景を見守るのも自然なことだが、倉敷FSCのありようは、それとは対照的だ。
 そして培われた一体感、結束力は、折々に発揮されることになった。

 一方で、皆が携わる組織にあって、その中心にいるのは、やはり佐々木にほかならない。

 佐々木には、スケートを教える上で、始まりから今日まで、そして今後もおそらく変わることのない、確固とした信念があった。
 それは選手にも、たしかに根付いていた。

(第8回に続く/文中敬称略)

2/2ページ

著者プロフィール

1967年、東京都生まれ。フリーライター・編集者。大学を卒業後、出版社勤務を経てフリーライターに。その後「Number」の編集に10年携わり、再びフリーに。五輪競技を中心に執筆を続け、夏季は'04年アテネ、'08年北京、'12年ロンドン、冬季は'02年ソルトレイクシティ、'06年トリノ、'10年バンクーバー、'14年ソチと現地で取材にあたる。著書に『高齢者は社会資源だ』(ハリウコミュニケーションズ)『フライングガールズ−高梨沙羅と女子ジャンプの挑戦−』(文藝春秋)など。7月に『メダリストに学ぶ 前人未到の結果を出す力』(クロスメディア・パブリッシング)を刊行。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント