「トップ5・錦織」全豪OPの軌跡=対戦相手の言葉が記す現在地

山口奈緒美

フェレールの忠告

大会期間中も、チャン・コーチ(右)やボッティーニ・コーチと戦略を練った錦織 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 錦織は、同じシードでも下位シードとは違う「第5シードの意味」を痛感したはずだ。特に、誰もが全力を注いでくるグランドスラムにおいての意味を。どの試合も序盤は苦戦したが、ともすれば怖じ気づきそうな心を支えたのは、マイケル・チャン・コーチやダンテ・ボッティーニ・コーチに言われてきたように、「どんな展開になったとしても自分の方が勝っているんだ。だからこのランキングなんだ」という自信だ。

 しかし、錦織にとって新たなチャレンジとなったグランドスラムの1週目は、想像以上にタフだったのかもしれない。「大会の始めの方で、どうやってメンタルを強く持ってやれるかというのが、これからの課題になる」と話した。

4回戦で対戦した元世界3位のフェレールは「(錦織は)準決勝にいくチャンスはあるだろうけど、どうなるかわからない」と忠告 【写真:ロイター/アフロ】

 4回戦では、元世界3位のダビド・フェレール(スペイン/10位)を6−3、6−3、6−3で一蹴した。フェレールには昨年4戦全勝し、今回もこの圧勝。にもかかわらず、このフェレールの言葉が印象に残った。「ケイは優勝できると思う?」という質問に対する答えだ。

「わからないよ。だってまだジョコビッチもナダルもいるじゃないか。次の相手もワウリンカだ。準決勝にいくチャンスはあるだろうけど、どうなるかわからない」

 錦織よりも小さな体でツアーのトップを長年戦ってきた32歳らしい慎重さとプライド、見識が表れていた。この段階ですでにフェデラーはドローから消えていたとはいえ、まだノバック・ジョコビッチ(セルビア/1位)もナダルもいた。質問したのが日本人記者だとわかっていても、安易に「チャンスは十分だ」などと言わない、言えない……それがビッグ3をはじめとした偉大なチャンピオンたちの強さを知っている、全仏オープン・ファイナリストの忠告だった。そんなに甘いものではないんだよ、と。

錦織のピークはこれから

準々決勝で対戦したワウリンカに「まだ震えているよ」と試合後に言わせたものの、ストレート負けを喫した 【写真:ロイター/アフロ】

 それでも私たちは、続く準々決勝、ディフェンディング・チャンピオンのワウリンカ戦の勝利を期待していたのだが、結果は3−6、4−6、6(6)−7(8)のストレート負けだった。第3セットのタイブレークで6−1から6−6に追い上げられたワウリンカは、オンコートのインタビューで「まだ震えているよ」と苦笑し、その後の記者会見ではこう話した。

「僕にとってはとても大事な試合だった。準備が大切だったよ。彼と打ち合うためには自分と戦う必要があった。本当にアグレッシブなプレーをしないといけなかった。ケイに先に攻めさせてはいけなかった」

 全米オープンの準々決勝で錦織に敗れたあの一戦は、ワウリンカの記憶に深く刻まれていたのだろう。早いタイミングでボールをとらえて攻撃してくる錦織に、いったんラリーの主導権を握らせてしまえば、自分の時間は奪われてますます追い込まれていく。そのことを知っていたから、彼は高度な攻撃の手を一瞬も緩めなかった。ワウリンカが入念な準備を施し、相当の覚悟を持ってこの試合に臨んでいたことがわかる。1週目の相手と違う点は、それをほとんど最後までやり続ける力があるということだ。

全豪OPでは準々決勝で敗れたものの、錦織のピークはこれから 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 今年の錦織の試練の一つは、相手に研究され、緻密な対策を練られることと考えられている。錦織に素晴らしいチームがあるように、彼らにもまた強力なチーム体制がある。ワウリンカのコーチは、全仏オープン・ファイナリストで元世界2位のマグナス・ノーマンだ。かつて、同国(スウェーデン)のロビン・セーデリングを全仏準優勝まで導いた実績もある。全仏オープンV9のナダルがローランギャロスで唯一喫した黒星の相手がこのセーデリングである。

 ところで、ここまで名前が出てきた選手だけでもグランドスラムの準優勝が最高成績という選手がいかに多いことか。フェレール、ノーマン、セーデリング……。錦織も今はそのグループに入る。ただ絶対的に違う点は、錦織のピークはこれからというところだ。

 よく「錦織選手は優勝できますか?」と聞かれる。答えはもちろん「できる」だ。プレッシャーのかかる1週目の突破のし方、2週目からのギアの上げ方……錦織にはまだ勝ち進むムードが漂っていた。しかし同時に、月並みな表現ではあるが、頂点までの道がいかに険しいかを一戦一戦に見た2015年最初のグランドスラムでもあった。

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著者プロフィール

1969年、和歌山県生まれ。ベースボール・マガジン社『テニスマガジン』編集部を経てフリーランスに。1999年より全グランドスラムの取材を敢行し、スポーツ系雑誌やウェブサイトに大会レポートやコラムを執筆。大阪在住。

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