W杯優勝国ドイツから学ぶべき心構え 日本中の指導者が集う“勉強会”の3日間

川端暁彦

「チームワーク」の重要性

レーブ監督に先発落ちを告げられても、チームワークを重んじ素直に受け入れたというメルテザッカー 【写真:ロイター/アフロ】

 イゼケが特に強調したかったのは、4つ目の項目だったのだろう。「これはトレンドですらありません。皆さんが知っていることです」と断じた上で、本質的に寄せ集めである代表チームがいかにこの「チームワーク」を獲得するかについて解説を始めた。

 チームワークの具体例としてイゼケがまず出したのは、ヨアヒム・レーブ監督が調子の悪かったDFのペア・メルテザッカーに先発落ちを告げる仕事について「難しくなかった」と語っていたこと。メルテザッカーは「分かった。説明なんて必要ないよ。俺はピッチの外から戦っている選手たちに水を渡せばいいんだろ?」と返したのだと言う。

 続けてイゼケは「意外な被疑者(Unusual Suspects)」と題した一枚の写真を見せた。優勝後に喜ぶ選手たちの絵だが、「ここに写っている選手たちの名前を全員言える人はいますか?」と聴衆に呼び掛けた。これはマニアックな人がいてほぼ正解を答えてしまったのだが(さすが日本!)、「ドイツの専門家ですら顔を知らないような選手が混じっているんですよ」とイゼケは笑う。

 理由は「W杯王者になるためにはフィジカルの準備だけではだめ。先発だけではだめ。先発できなくてもチームの力を高めることのできるグループワークのできる選手がいなくてはだめ。それがレーブ監督の結論でした。フットボールのスキルは評価するけれど、同時にパーソナリティーも評価する。その基準で選手を選んだので、具体名は言えないけれど『入れない選手』も出てきました」と言う。また、もう一人の「意外な被疑者」として、アスレチックコーチのシャド・フォーサイスの存在を挙げた。

日本と明らかに違うW杯への準備

ドイツ代表がブラジルW杯期間中の本拠地として使用するため、連盟自ら構築した施設“カンポ・バイア” 【Getty Images】

 続いて始まったドイツ代表の大会前の準備を聞きながら、あらためて感嘆させられた。まずはリーグ開催中から代表選手のいる各クラブに連盟スタッフを送り込んで、調整を担当。バスティアン・シュヴァインシュタイガー、マヌエル・ノイアー、フィリップ・ラームといった選手は故障を抱えていたが、クラブに任せるのではなく、その段階からクラブの中に代表スタッフが入って調整を始めていたのだと言う。

 さらにブラジルでのドイツ代表キャンプ地は連盟が自ら構築。「お金あるのねと言われるかもしれませんが、あるんです」とイゼケが笑いながら、通常フェリーでしか移動できない小さな島を借り切り、「いろいろな人たちをシャットアウト」。空港までは35分で、飛行機移動は全体で2時間くらい。決勝まで見据え、「どこに行くのにも便がいい」場所を選んでそこにコテージを多数建てて、一個の「村」を作ってしまったというから筋金入りだ。さらに、「『この2人を仲良くさせたい!』という選手を一緒に置いておいたり、あえて(仲が悪いことで知られる)ドルトムントとシャルケの選手を一緒にさせて喧嘩をさせないようにしました」と、心理面もそこでマネジメント。「フィットネスも大事ですが、チームとして“体をなす”かを重視しました」。

 さらに事前の合宿には、宿舎は分けた上でU−20ドイツ代表チームが帯同。スパーリングパートナーを務めた。あるときは前からマンツーマンで無謀なプレスを敢行し、あるときはロングボールを蹴りまくるサッカーを展開し、またあるときはディフェンスラインに6人が並ぶほどに引いて守った。「さまざまな戦術的状況を意図的に作り出し、例えば『ミドルゾーンでプレッシングをされてくるときにウチのチームは弱いぞ。修正しておこう』なんてことをやったわけです」(イゼケ)。当然ながら、U−20側のモチベーションは非常に高く、A代表の選手にとっても十分に厄介な相手だ。にもかかわらず、けがをさせるような悪質なタックルを仕掛けてくるといったリスクはないし、注文どおりのサッカーをしてくれる。将来への投資と大会への準備を兼ねる、まさに一石二鳥の試みだった。

 その他にも「戦術的な縦へのパス回し」、「ポジションに分けてのトレーニング」など興味深い内容が多岐にわたった。特にU−20をスパーリングパートナーに据えるやり方は、ぜひ日本に応用してほしいところではある。

 ドイツはほとんどの選手が年代別代表から持ち上がってきており、下の年代の代表とA代表との風通しの良さを感じる国で、それが強さの秘訣なのは間違いない。またW杯そのものへの準備やコンディショニングという意味でも、Jリーグとのより深い協力関係の確立や、ブンデスリーガのクラブとの関係性確立もあらためて重要な問題になってきているように思う。流れた水が戻ることはないのだが、汲み直す機会までなくなるわけではない。3年半後のロシアW杯へ、そしてその先に向けて、日本サッカー界ができることは、まだまだある。

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著者プロフィール

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』をはじめ、『スポーツナビ』『サッカーキング』『フットボリスタ』『サッカークリニック』『GOAL』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。近著に『2050年W杯 日本代表優勝プラン』(ソル・メディア)がある

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