橋口師とワンアンドオンリー父子2代の夢=菊花賞は“世界”への通過点に

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神戸新聞杯のレース前に大変なことが……

神戸新聞杯ではヒヤリとしたが、それでもワンアンドオンリー(左)はダービー馬の底力を見せ付けた 【netkeiba.com】

 秋初戦となった神戸新聞杯は、後方からレースを進め、直線半ばで2番人気サトノアラジンを捉えきった直後、外からサウンズオブアース、トーホウジャッカルの急襲に合い、アタマ差で辛くも勝利を掴み獲った。

「肝を冷やしましたよ。やられたと思いましたけど、あそこから根性を見せてくれましたね。道中は思ったより後方だったし、大外を通ってだったので心配しました。ノリちゃんもサトノアラジンを負かすのが目標で、あそこから仕掛けて行ったと思うんですよ。外から並ばれた時にはやられたなと思いましたけど、結果的にはそこからダービー馬の意地を見せましたね」

 ハラハラさせられたとはいえ、終わってみれば強い競馬だった。目標にしていたサトノアラジンを競り負かした直後の急襲で、もう一段ギアを上げて見せたのだ。休み明けで、あれだけの競馬をしたワンアンドオンリー。さすがダービー馬だ。

 しかし今回、レース前には大変なことが起こっていた。パドックに登場する前、装鞍所では出走が危ぶまれるほどの事態だったという。

「毎度のことなんですけど、体重を量って装鞍所に入って来たら、儀式みたいに尻っぱねを3、4回するんです。それでいつもは収まるんですけど、この前はいつものように最初に尻っぱねをして、その後鞍を付けてからはもう連続ですよ。休み明けということもあったのかもしれないですけど、今までで一番激しかったです。そうこうしているうちに、出発直前になって鉄がズレてしまって。そしたら今度はなかなか打たせない。回し蹴りしたりして、全然打たせないんです。もうその時は青ざめました。装蹄師さんが我慢して我慢してなんとか打ってくれて、事なきを得ましたけど」

 装鞍所では手が付けられないほどだったと言うが、パドックに登場したワンアンドオンリーは、ダービー馬の風格を見せつけて堂々と歩いていた。スイッチが入ると、誰も止めることが出来ないほどの激しい気性だが、普段は落ち着いている。これが、レースでの強さなのかもしれない。

新馬戦は10番人気で12着だった

新馬戦では競馬にならなかったくらいの暴れっぷり、それでも使うごとにグングンと成長していった 【netkeiba.com】

 そもそも、後にダービー馬となるような馬は、新馬戦の時から注目されてある程度の人気になる馬が多い。しかしワンアンドオンリーの新馬戦は、10番人気で12着。中団の位置取りから、直線はカメラに映らないような後方で終わっている。

「新馬戦は全く競馬になっていないんです。もうレースに送り出すのが本当に大変で……。装鞍所に入って来た時から、立ち上がったり蹴ったりしていました。僕は次のレースも使っていて、その馬の装鞍があったのでパドックに遅れて行ったんですよ。そうしたら行った途端に他の厩舎の方から、『先生、あの馬危ないですよ』って言われて。小倉だったので、スタッフも1人しか行ってないじゃないですか。その方が曳くのを手伝ってくれたんです。もうその時は競馬どころじゃないですから、無事に馬場へ送り出した時はホッとしました」

 やんちゃで幼い面を全開に見せていた新馬戦から1カ月。阪神での2戦目でレースぶりが一変した。なんと、最低人気で2着に食い込んだのである。

「新馬戦を使ってガラっと変わりましたね。初戦のような入れ込みがなくなって、大外からいい脚で伸びてくれました。能力を持っているなと感じたのは、3戦目の初勝利の時です。能力もですけど、この馬の勝負根性を知りました。混戦の中からグイっと抜けて来ましたから。その時はまだダービーは考えてなかったですけど、その後の萩ステークスで、最後方からすごい脚で詰め寄ったでしょう。あの時に、ひょっとしたらひょっとするかなと。確信したのは、賞金的にもそうですけど、暮れのラジオNIKKEI杯ですね。これでダービーに行けると思いました。まだ、これでダービー獲るぞとは思ってなかったです。ダービーに参加出来るということが嬉しかったですね」

 こうしてダービーへの権利を手に入れたワンアンドオンリーは、初めての休養を取ることになる。普段ならば牧場へ放牧に出るところだが、橋口調教師の意思で栗東トレセンで過ごすことになった。

「どうしても手元に置きたかったんです。なんだか、自分の手から離したくなかったんですよね。私の競馬人生の中で、ダービーを獲るチャンスはこの馬で最後だって思っていたのかもしれません。次は弥生賞と決まってましたから、それに合わせて調整していました。心身ともに、目に見えての成長がありましたよ。腰、お尻、肩の辺りに丸みが出て来たし、精神的にも落ち着きが出て来ました。見た目にもガラっと変わりましたし、この2カ月半の成長は大きかったです」

 父ハーツクライが4歳の夏に迎えた成長期を、息子であるワンアンドオンリーは3歳の頭に迎えたのだ。その後ひと夏を越えて秋初戦を迎えた時、体はマイナス4キロと大きな成長は見られなかったけれど、これこそがワンアンドオンリーの完成度の高さなのだ。

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