新監督マルティーノに抱く疑問と確信 問題山積みなアルゼンチン代表の方向性

サベージャが推薦したマルティーノ新監督

アルゼンチン代表監督就任会見に笑顔で臨むマルティーノ氏 【写真:ロイター/アフロ】

 アレハンドロ・サベージャがアルゼンチン代表監督を退任する意思を固め、さらには先日亡くなったアルゼンチンサッカー協会(AFA)のフリオ・グロンドーナ会長が自身を後任監督に推薦したことを知った時、ヘラルド・マルティーノはバルセロナから思いもよらぬオファーを受けた昨年7月と同様に、これからの1年を休養に充てようとしていた。だが、今回もまた断りようがないそのオファーを受け入れたことで、彼は近年溜め込んできたストレスを解消する機会を再び失ってしまった。

 しかもマルティーノは、再び問題が山積みの組織の中で仕事をすることになった。

 昨季バルセロナで彼は、多くの困難を経験した。ネイマールの獲得オペレーションをめぐる訴訟問題によって生じたサンドロ・ロセイ前会長の電撃辞任、未成年選手の国際移籍に関わる規則違反に対する補強禁止処分、ティト・ビラノバの死去、さらには主力選手の相次ぐ負傷まで、あらゆる問題が立て続けに生じたのだ。

 そして今回はAFAと契約内容の詳細やチーム作りの方向性を詰めていた矢先、35年も会長を務めたグロンドーナが急死した。その後はグロンドーナの後継者たちと交渉を再開することになるのだが、就任決定までの道のりがここまで長いものになるとは誰も思っていなかった。

 マルティーノは大ベテランのカルロス・ビラルドと共に働くことに前向きではなかったが、ビラルドはグロンドーナが亡くなってほどなく、これまで務めていた代表のマネジャー職を辞することになった。

 U−20代表を率いるグロンドーナの息子ウンベルト・グロンドーナとの共存もマルティーノにとっての障害だったが、こちらは来年1月に迫っているU−20ワールドカップ(W杯)の出場権が懸かった南米予選を終えた後、ホルヘ・セイレルに後を任せることで話がまとまった。彼は2007年のU−20W杯カナダ大会でアルゼンチンを優勝に導いたウーゴ・トカリの元アシスタントで、マルティーノも厚い信頼を寄せる指導者だ。

テクニカルなフットボールの信望者

メッシ(中央)はブラジルW杯でもMVPを獲得するなど、アルゼンチン代表の中心選手。バルセロナでも指揮を執ったマルティーノ新監督の采配に注目だ 【写真:ロイター/アフロ】

 マルティーノには多くの挑戦が待っている。その1つは代表の重鎮である2人の選手、リオネル・メッシとハビエル・マスチェラーノとの関係を再確認することだ。

 バルセロナで指導した2人とは個人的には良い関係を保っていたはずだが、彼らは望んでいた結果を出すことができず、多大な消耗を強いられた1年をカタルーニャの地で共に過ごした。先日行われた代表監督の就任会見の席にて、マルティーノはバルセロナでの経験と仕事は良いものではなかったと認めている。

 先日バルセロナとの契約を2018年まで延長し、自身4度目のW杯出場を目指すことになるマスチェラーノは、マルティーノの指揮下ではピボーテとセンターバックのどちらでプレーすることになるのかも気になるところだ。

 同様に、新監督がどのようなプレー哲学を代表に持ち込むのかも見ていかなければならない。マルティーノがテクニカルなフットボールの信望者であり、前任者ほど守備面で厳格な規律を強いることはないだろう。よりボールポゼッションを重視したスタイルで戦うことも間違いない。

 一方で彼は戦術的な多様性も求める監督であり、必要と見ればロングフィードやカウンター戦術を用いることでも知られている。現役時代のマルティーノはテクニック重視の華麗なプレーを好む選手だったが、監督としては手持ちの選手の特性に合わせて全く異なるスタイルを使い分けてきた。

 10年の南アフリカW杯でスペインを敗退まであと一歩のところまで追いつめたパラグアイ代表は戦術的な規律や空中戦を重視したチームだったが、国内リーグ制覇に導いたニューウェルズ・オールドボーイズ(アルゼンチン)はバルセロナに良く似たスタイルでプレーするチームだった。バルセロナの幹部が彼に“バルサのDNA”があると考えたのはそのためだ。

 これまでそうやって選手の特性に合わせて戦術を選んできたこともあり、マルティーノは世界中に散らばる多数の名選手を選んでチームを作ることができるアルゼンチン代表の指揮を大いに歓迎している。

世代交代が加速していくアルゼンチン代表

世代交代が急務なアルゼンチン代表。若返りを図り、93年以来となるビッグタイトル獲得を来年のコパ・アメリカで目指す 【写真:Maurizio Borsari/アフロ】

 もう1つの鍵となるテーマは、サベージャが就任した11年以降、一度も招集されていないカルロス・テベスに代表復帰の可能性があるかどうかだ。その前、セルヒオ・バティスタの指揮下でも彼は1年ほど招集されない時期があったが、11年のコパ・アメリカを前に復帰した経緯がある。

 マルティーノは「私の指揮下ではすべての選手に門戸が開かれている」と話しているが、もしテベスが復帰するようであれば、彼と現代表の常連組との関係がどう改善されていくかに注目しなければならない。彼が代表から離れている間、チーム内から彼の復帰を求める声が上がったことはなく、聞こえてきたのは「メンバーはそろっている、これ以上他の選手を呼ぶ必要はない」との主張ばかりだったのだから。

 マルティーノ率いるアルゼンチンの初陣は、9月3日に敵地デュッセルドルフで行われるドイツ戦となる。10月にはブラジル、香港との試合も組まれているが、現時点で最大の目標は来年チリで開催されるコパ・アメリカで1993年の同大会以降遠ざかっているビッグタイトルを獲得することだ。

 コパ・アメリカの後には世代交代が加速していくことが確実で、マルティン・デミチェリス(マンチェスター・シティ/イングランド)、マキシ・ロドリゲス(ニューウェルズ/アルゼンチン)、ウーゴ・カンパニャーロ(インテル/イタリア)、マリアーノ・アンドゥハル(ナポリ/イタリア)らがチームを去るかもしれない。一方、地平線のかなたからはアンヘル・コレア(サン・ロレンソ/アルゼンチン)、ルシアーノ・ビエット(ビジャレアル/スペイン)、ロドリゴ・デ・パウル(バレンシア/スペイン)ら有望な若手たちが、新たな希望をもたらすべく現れ始めている。

(翻訳:工藤拓)
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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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