驚きと納得の清水エスパルス監督交代劇 ゴトビ解任でレジェンドがクラブの再建へ

飯竹友彦

新指揮官はクラブの歴史を知る男

大榎新監督(写真左)が初めて指揮をとったFC東京戦は、残念ながら0−4での敗戦。しかし、試合後の選手達の言葉からは、チームの変化がうかがい知れた 【Getty Images】

 その新監督には同クラブのユースを指揮していた大榎克己が就任した。会見では、「『このタイミングでか』というのが正直な気持ち」と笑いながらも、この難しい要請を受けた。クラブ側もシーズン中であること、わずかな時間、限りある中でのセレクトだったことを考えると、ベターな選択ではないかと思われる。というか、クラブ内にこれほどの適任者がいたのが奇跡だったように思う。

 言うまでもないが、大榎監督は地元清水出身であり、エスパルスの「プロ契約第一号選手」でもある。そして、かつて長谷川健太(現ガンバ大阪監督)、堀池巧さんらとチームを支えた三羽烏の一人である。そうしたクラブの歴史を作り、背負ってきたレジェンドがチームのピンチを救うべく監督という職を受けた。これだけでも、多くのサポーターは快く迎える準備ができたはずだ。そして実際に、大榎新監督就任後初となる練習には多くのサポーターが見学に訪れ、デビュー戦となるFC東京戦にはアウェーにもかかわらずゴール裏を大勢のサポーターが埋めた。残念ながら試合は0−4という大敗で終わった。しかし、選手がロッカーに下がるまで「エスパルスコール」は鳴り止まなかった。

 この初戦では大榎監督の目指すサッカーを見ることはできなかった。それは先発メンバーを見ても明らかだろう。中には就任して即チームのカラーを変える指揮官もいるが、「申し訳ないが、チーム状態がどうなのというのも正直まだ全部を把握できていない」(大榎監督)ということもあり、まずは今のサッカーをベースにというのが新監督の考えだ。

 ただ、「理想とするサッカーというものはハードワークといいますか、自分たちが主導権を握れるようなサッカーをしたい」と新監督は明言している。しかし、そのためには準備が必要だ。走り切るために必要なフィジカル、そして暑い夏の8月を乗り切るには時期尚早というのが指揮官の判断だ。

 だから、「自分の思っている理想のサッカーは当然あります。でも、それをあまりにも出し過ぎると、今のチームには合わない。あまり良い影響を及ぼさないかなということも感じています。ですから今までやってきたサッカーにちょっと自分のアレンジをしながらやっていく」というのが現段階の結論だ。そういう意味では、大榎色がピッチ上で発揮されるのはもう少し先になるかもしれない。

大榎新監督就任でチームは一枚岩に

 しかし、その手腕は疑いようがない。
 かつて都リーグにまで落ちた名門、早稲田大学ア式蹴球部の監督に就任(04〜07年)したときもあっという間に関東1部リーグにまで戻した。3年目には総理大臣杯の決勝に進出、最終年にはインカレ(全日本大学サッカー選手権大会)でも優勝している。その後も、清水エスパルスユースの監督に就任(08年〜)すると、確実にチーム力を上げていき、今年はプレミアリーグ前半戦でトップを独走するなど好成績を残している。

 また、チームの成績はもちろんだが、個の育成にも定評がある。早稲田大学では徳永悠平(FC東京)、矢島卓郎、兵藤慎剛(共に横浜F・マリノス)、山本脩斗(鹿島アントラーズ)ら多くのJリーガーを輩出しているし、ユースからも11年にアジア年間最優秀ユース選手賞を受賞した石毛秀樹を筆頭に多くの選手をトップチームに上げることに成功している。

 チームも個も厳しく鍛え上げつつ結果を出す。そういう難しい作業をこなすことのできる指導者と言っていいだろう。そして、とにかく誰に聞いても大榎監督の評判は高い。人格者であり、丁寧な受け答え、指導論など、一度でも取材をして話をしたことがある人からは賛辞の言葉しか出てこない。こうしたことからもブレのない指導者だということが分かる。

 初戦となったFC東京戦のあとキャプテンである杉山浩太が言った。
「(監督のために今日は)どうしても勝ちたいという気持ちが強すぎた。それ(敗戦)は俺たちの責任。でも、それが監督の重荷にならないようにしたい」と。
 この言葉だけを聞いても、新チームが一枚岩となり、新指揮官のために戦おうとチームが同じ方向を見ていることがうかがい知れる。ちょっと浪花節すぎるかもしれないが、こうした発言はここ数年のあいだ選手たちからは聞こえなかった。それだけに、今後の巻き返しには大いに期待をしたいところだ。

 柏戦の前、G大阪戦ではクラブOBである長谷川健太監督が引導を渡し(0−4で敗戦)、その後、大榎が新監督に就任する。清水エスパルスの歴史を作った人たちが関わって、今回の交代劇は起きた。ある意味では因縁、もしかしたら必然とも言えるような流れがそこにはあった。そういう意味からすれば、なるべくしてなったことのようにも思う。

 そして、これも清水エスパルスというチームの長い歴史の一部だということを思えば、次節ホームのIAIスタジアム日本平を訪れるサポーターは大きな期待を持ってもらっていいだろう。クラブ消滅の危機を乗り越え復活したエスパルスは、クラブを愛する人間が関わり、クラブを支えてきた人によって再び息を吹き返す。少しずつかもしれない。だが変化をしながら、もう一度新しい未来へと歩みを始めた。

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著者プロフィール

1973年生まれ。平塚市出身。出版社勤務を経てフリーの編集者・ライターに。同時に牛木素吉郎氏の下でサッカーライターとしての勉強を始め、地元平塚でオラが街のクラブチームの取材を始める。以後、神奈川県サッカー協会の広報誌制作にかかわったのをきっかけに取材の幅を広げ、カテゴリーを超えた取材を行っている。「EL GOLAZO」で、湘南ベルマーレと清水エスパルスの担当ライターとして活動した。現在はフリーランスの仕事のほか、2014年10月より、FMしみずマリンパルで毎週日曜日の18時から「Go Go S-PULSE」という清水エスパルスの応援番組のパーソナリティーを務めている。2時間まるごとエスパルスの話題でお伝えしている番組はツイキャス(http://twitcasting.tv/gogospulse763)もやっています。

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