驚きと納得の清水エスパルス監督交代劇 ゴトビ解任でレジェンドがクラブの再建へ
問題視されていた「ゴトビ革命」
3年半に渡ったゴトビ政権は、結局完成図を描けぬまま突然幕を閉じることとなった 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】
正直なことを言えば、過去に取材したクラブ関係者でゴトビ政権の問題点に頭を抱えていた人もいた。クラブの後援会会員が年々減っていたことや、選手の移籍なども含め、「ゴトビ革命」はさまざまなところに着手していたこともあり、「もうグチャグチャですよ」と中には漏らす人もいた。さらに輪をかけるように、チームの成績は好転せず、チーム内部でも不穏な雰囲気がくすぶっていた。選手たちから不満の声が漏れ、そうした言葉がひとり歩きし、本来ならばチームを信じ、支えるサポーターにまで不信感を持たせてしまった。そういう状況がここ数年あったのは間違いないだろう。
明るく社交的で、ファンとのコミュニケーションにも積極的に参加したゴトビ監督だったこともあり、サポーターの中には多くの支持派がいたのも間違いない。しかし、内側に目を向けると、チーム、クラブをまとめるという点、人心掌握に長けていたとは言いがたかった。それが、解任の直接の理由ではないとは言い切れないが、成績や全てのことを踏まえて、この監督交代という選択は仕方がないというべきだろう。手をこまねいている間に、J1から降格してからでは遅いからだ。
一向に上向かないチーム状況
ただ、ある主力選手が「早川(巖)さんが全ての責任を取ってくれた。最後に男気を見せてくれたんだと思う」とこぼした。この劇的な解任劇の内幕は、ここまでゴトビ監督を擁護してきた特別顧問が、全てはクラブのためにと、ここまでの責任を取っての行動だと明かしてくれた。受け取る立場、状況によっては情報も色がつくしさまざまだ。また、伝える側の意図もあるので正解はどこにあるとは言いがたい。だが、ゴトビ監督解任のリリースがされた同日には、特別顧問の早川氏退任のリリースもされていることを考えるとある程度の納得ができた。そして、いずれにしても3年半というアフシン・ゴトビ政権は、早川特別顧問の退任と同時に終わりを告げたことに間違いはない。
思い起こせば昨年(2013年)の3月23日に行われたヤマザキナビスコカップのジュビロ磐田戦でのことだ。この試合でライバルに1−5という大敗を喫すると、試合後には多くのサポーターが選手バスの出口を塞ぎ、指揮官の解任を要求した。しかし、対応に出たゴトビ監督は「なぜ私が辞めなければならないのですか? 過去に監督を代えて良くなったクラブはありますか?」と繰り返した。常に強気な発言。厳格な態度。こうした発言を見ても、彼の辞書には「辞任」という項目がなかったと思われる。しかし、それから1年と数カ月。オランダ的サッカーで、スピードがありワイドを使った攻撃的なサッカーを目指した指揮官だったが、完成図を描けぬまま4年目のシーズンを迎えた。
シーズン前にはACL(アジアチャンピオンズリーグ)出場という目標を掲げてスタートしたが一向にチームは方向性を見いだせず、上位を狙えるようなチーム状況には遠く、結果も内容も伴わない試合を続けてきた。その結果、気がつけば降格圏までわずかな勝ち点となり、リーグ戦では7試合(約3カ月間)勝利なしという状況に陥った。そうしたことを踏まえると、クラブの監督交代という判断は少し遅かったのかもしれない。それだけに、危機的状況にあるチームをどう立て直すのか。新監督にかかる期待は大きい。