ホセ・ペケルマンが見せた涙の意味 コロンビア国民の夢をかなえた知将
悔やまれるセットプレーからの2失点
コーナーキックからチアゴ・シウバ(右)に先制点を奪われたコロンビア。この失点が大打撃だった 【写真:ロイター/アフロ】
今回のW杯でもワイネルは対戦するチームの細かい情報を収集し、それを元にホセがコーチ陣と分析した上で、さまざまな展開に対応できる戦術をそれぞれのゲームのために用意してあった。それだけに、ブラジル戦でセットプレーから2点を奪われたことが悔しくてならなかったのだ。
入念な準備をしていても、コーナーキックからチアゴ・シウバに先制点を許し、後半にはダビド・ルイスによる非の打ち所のない一撃に敵わなかった。「決定的」となった2失点は、ホセが「勝てると希望を抱いた相手」とコロンビアに大きな差をつけた。早い時間帯に決められた1点目が「大きな打撃」となったことも認めている。
おそらくホセは、天を見上げたとき、「これがサッカーというものだ」と自分に言い聞かせながら、06年に母国アルゼンチンを率いて初めてのW杯に挑戦したときも、準々決勝で開催国(当時はドイツ)を前に敗れ去ったときのことを思い出したに違いない。
国民から絶大な信頼を受けたペケルマン
昨年10月、コロンビアがアルゼンチンに次ぐ2位の好成績で予選を通過してW杯出場を決めた際、選手たちが口々に「ホセはわれわれのメンタルを変えてくれた」と話していた。そこで私は、前述の心理学者ロッフェと連絡を取り、ほんの2年足らずの間にどうやってメンタルを変えたのか、詳しい話を聞きたいと依頼した。
ロッフェは「それについては今は話せない」としながらも、コロンビアとアルゼンチンの違いを話してくれた。
「アルゼンチンでは、誰もがサッカーのことを知り尽くしていると思い込んでいる。コロンビアでは、誰もがサッカーのことをもっと学びたいという姿勢でいる」
98年大会以来、ずっとW杯から遠ざかっていたコロンビアは、予選の途中からホセにすべてを託す大きな決意を下した。ロッフェの言う「学びたいという姿勢」から、サッカー協会の関係者を始め、メディアも一般のファンも、ホセのやり方を信じて後をついてきた。選手たちは、ホセとそのスタッフから出される的確な指示に忠実に従った。
ホセにとってのコロンビアは、インデペンディエンテ・メデジンに所属していた28歳のとき、けがからプロ選手としてのキャリアを断念しなければならなかった苦い思い出と、愛妻マティルデとの間に娘バネッサを授かった幸せな思い出の両方が残る国。特別な思い入れのある国で、人々から多大な忠誠心を示されたホセは、自分の教えを素直に受け入れる従順で勤勉なコロンビアの人々の「W杯に行って、素晴らしいプレーを世界に見せたい」という夢をかなえたいと強く感じたのだ。
4500万人の国民への思いが詰まった涙
「私たちには夢がありました。その夢は、すべてかなったのです。ここで敗退するのは残念ですが、私たちは常に存在感を示し、良いイメージを残すことができたと思います。コロンビアの人々は、このチームを誇りにすることができるでしょう。私たちにとって、素晴らしいW杯でした」
アルゼンチンで育成のエキスパートとして、多くの名選手を育ててきたホセ。今大会に出場しているアルゼンチン代表選手の大半は、ホセとそのスタッフによってユース代表デビューを果たしている。教え子たちが立派に育って晴れ舞台に立つ姿に感じる喜びは自己満足かもしれないが、一国の夢をかなえた達成感は自分だけのものではない。
W杯でコロンビアを初のベスト8に導いた偉大なる監督として、同国のサッカー史に残る偉業を成し遂げた知将ホセ・ペケルマンが流した涙には、自分を信じた4500万人もの人々への感謝の気持ちが詰まっていたのだった。