見えない「自分たちのサッカー」の輪郭=数字で振り返るザックジャパンの挑戦

清水英斗

『コンディショニング』は失敗ではなかった

『コンディショニング』を指摘する場合も多いが、走行距離を見ると、それが問題だったわけではない 【写真:ロイター/アフロ】

 相手のペナルティーエリア内を攻略できなかったことについては、ギリシャ戦後のアルベルト・ザッケローニ監督のコメントがそれを表している。
「私が思うのは、シュートを決める際のスピードが足りなかった。われわれはゴール前で相手の脅威となるプレーができたが、最後のスプリント力に欠けていた」

 最後のスプリント力――。この言葉で思い出されるのは、今大会で重要視されていた『コンディショニング』の是非だ。今大会中の日本代表は、ブラジル南部のサンパウロ州イトゥで合宿を行ったが、第1戦と第2戦が行われるレシフェやナタルといった北部への長距離往復、また、高温多湿の気候への順応という意味ではどうだったのか。疑問を投げかける声も少なくない。

 チームの運動量は十分に発揮されていたのか? グループリーグ3試合による代表の1試合の平均走行距離は、105.8キロを記録した。これはグループリーグ終了時の全チームの平均走行距離、106.8キロを下回る。運動量が長所とされる日本代表だが、この数字を見る限り、コンディショニングには確かに疑問符がつく。

 ところが、日本代表の3試合を個別に見ると、コートジボワール戦が108.2キロ、ギリシャ戦が102.0キロ、コロンビア戦が107.2キロと、数的優位で攻め切れなかったギリシャ戦が足を引っ張っているものの、他の2試合は平均をやや上回る運動量を記録している。

 グループCのライバルと比較すると、コートジボワールは平均95.8キロ、ギリシャは平均101.4キロ、コロンビアは104.8キロ。実は最下位の日本が、走行距離においてはグループ1位の実績を収めている。そう考えると、平均105.8キロもそれほど悲観する数字ではない。

 ただし、他のグループを見るとドイツが平均113.8キロ、オランダが109.4キロ、コスタリカが108.2キロと高水準を記録。やや多めとはいえ、日本の運動量は決して優秀な数字ではない。やはりコンディショニングに失敗があったのだろうか?

 ここでもう一つ注目すべきは、スプリント(短距離ダッシュ)の数だ。113.8キロという走行距離を記録したドイツのスプリント数は、1試合平均323本。コスタリカは344本。一方、日本は平均394本を記録している。これはウルグアイやイタリアなどに比べてもかなり多い数字だ。

 実は日本は、際立って多いスプリント数を誇るチームである。走行距離だけを見ると、日本の数字は平凡にも思えるが、スプリント数と合わせて考えると、実はかなりのフィジカルの負担に耐えていることが分かる。この数字を見る限り、日本のコンディショニングが「成功」とまでは断言できなくても、「失敗」と言い切ることは難しいと考えられる。

『プレーモデル』がはっきりしない戦い方

「自分たちのサッカー」を貫こうとした日本だったが、その狙いをもう一度整理すべきだろう 【写真:ロイター/アフロ】

 むしろ、考え直すべきは戦い方だ。豊富なスプリント数と、それなりの走行距離を記録しながらも、ペナルティーエリアへの侵入が少ない日本は、中盤で多くのエネルギーを使ってしまい、ゴール前に来たときにもう一段階ギアを上げる余力が残っていない。

 それを表すのは、パスの本数だ。ドイツは3試合で1792本のパスを記録した。これはスペインの1703本を上回る数字である。一方、日本のパス本数は1274本。パスを回すことによって攻撃をやり直したり、ボールを保持することで休憩をするといった駆け引きがなく、ひたすら攻め急いでスプリントを繰り返した結果、ゴール前に余力を残すことができていなかったことになる。

 ザッケローニ監督が言う「最後のスプリント力に欠けていた」というギリシャ戦のコメントは、このような戦い方の間違いを示すものではないだろうか。

 もちろん、各チームにはプレースタイルというものがある。ドイツやスペインは、パス本数と運動量を兼ね備える、ポゼッション+コンビネーション型の代表的なチームだが、コートジボワールなどの場合は、パス本数1215本とそれなりに多い数字を出しながらも、走行距離は95.8キロとかなり短い。そこには、足元でパスをつないでボールを保持しながらも、前後のコンビネーションは少なく、攻守分業で、前線の独破力を生かした戦い方が透けて見える。ブラジルもパス本数1158本、走行距離100.3キロと似たタイプのチームだ。

 その一方、ボールを奪ってからの素早いカウンターを志向するオランダやコスタリカの場合、前者が走行距離109.4キロでパス本数が899本、後者が108.2キロ、パス本数が950本。パスをつなぐことにはこだわらず、ボールを奪ったらとにかく縦へ、素早く速攻を仕掛けて攻撃をやり切る様子がスタッツからも読み取れる。

 もしも日本が、オランダやコスタリカのように個の力で攻め切る選手を前線に置くことができたら、彼らのようなカウンタースタイルを実践することも可能になるだろう。逆に、今のメンバーでコンビネーションの方向性を磨くのなら、ドイツやスペインのように、もっとパスを回してボール保持を高め、ここ一番のスプリントでペナルティーエリアを攻略する余力を残す必要がある。

 このように各国のプレーモデルを見ていくと、日本の数値からは「自分たちのサッカー」の輪郭が見えづらい印象を受ける。ポゼッション+コンビネーションのドイツ&スペイン型でもなく、カウンター+個の力のオランダ&コスタリカ型でもなく、ポゼッション+個の力のブラジル&コートジボワール型でもない。そのどれにも日本は属さず、間延びした中盤を何とか維持するために各自がスプリントを増やした結果、ペナルティーエリアへ侵入する強さ、距離感が失われてしまった。

 もっと長く落ち着いてボールを保持するか、あるいは前線に個で勝負できるドリブラーを置いて、もっと縦の速さを追及するか。DFラインから中盤を経由するポゼッションの過程については、もう一度狙いを整理するべきであるように思う。

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著者プロフィール

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合の深みを切り取るサッカーライター。著書は「欧州サッカー 名将の戦術事典」「サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術」「サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材では現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが楽しみとなっている。

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