不安定なアルゼンチンに優勝は不可能? メッシら攻撃陣の復調が頼りの厳しい現実

藤坂ガルシア千鶴

「5−3−2」は解決策にならず

アルゼンチンの課題は解決しないままだ。メッシ(左)やディ・マリアら(右)攻撃陣が本来のレベルを取り戻すことに期待するしかない 【写真:ロイター/アフロ】

 そこでサベーラ監督は、守備に厚みをもたらすべく、初戦のボスニア・ヘルツェゴビナとの試合で5−3−2のシステムを起用したが、これが大失敗に終わる。

 開始早々のオウンゴールで先制したものの、そのあとはボスニアに圧され、自陣で常に6〜7人が味方同士でもたつく結果となり、後にマスチェラーノが「一体誰が誰をマークするのかも分かっていなかった」と打ち明けるほど混乱状態に陥ったのである。メッシもセンターサークルまで下がらなければボールを持つことができず、いつもなら併走するディ・マリアとアグエロまで下がり気味の位置でマークに遭い、周囲のサポートがないまま単独突破を試みては止められるばかり。

 そこで後半からサベーラ監督は慌てて慣れ親しんだ4−3−3に変更。今まで守備の負担を軽くするために使われてきたシステムによってようやく突破口を見出し、65分にメッシが得点を決めて超満員のマラカナンが大歓声に包まれた。終了間際の失点も、初戦勝利の喜びにかき消されてしまう。

「最初の試合で勝つことができて本当に良かった」とメッシが喜び、国内のメディアも一斉に「5−3−2は葬ってこれからは4−3−3で」と浮かれていたが、続くイラン戦では、GKとFWを除く9人による徹底した守備態勢を前にスペースを見いだせず、さらに技術的なミスも連発。SBのサバレタとロホが攻め上がっても、前線との連携はまるで初めて一緒にプレーする者同士に見えるほど互いにタイミングがつかめない。

 やがてイランが攻撃を仕掛け始めると、あたふたと守りに戻っては背後にパスを通される始末。前線の選手たちは途中からボールを奪い返すどころか動きが止まってしまい、本来ならばキャプテンとして周囲を落ち着かせる立場のメッシは誰よりも苛立っていた。

このままではベスト4も高望み

 結局、危険なシーンでのGKセルヒオ・ロメロのファインセーブと、後半アディショナルタイムに決まったメッシのスーパーゴールによって勝利をおさめ、決勝トーナメント進出を決めたが、サベーラ監督は不安でたまらないはずだ。守備の脆さをカバーする役目を果たす攻撃陣にミスが多く、正確にボールをコントロールできなければ、相手にピッチ全体でチャンスを与えているのと同じである。

 FW陣の個々の閃きだけに頼っていた前回南アフリカ大会のアルゼンチンとは異なり、今回は攻撃陣による素早く絶妙な連携が武器となるはずだった。だが実際、2試合で勝点6を獲得できたのは、オウンゴールとメッシ一人の才能のおかげ。今のような状態では、ベスト4進出という目標は単なる高望みでしかない。

 とはいえ、何が起きるか予想がつかないのがW杯の面白さ。開幕からずっと不振の状態が続き、準決勝のブラジル戦でようやく覚醒してゴールを決めた08年北京五輪でのアグエロのように、まだ実力の50パーセントも出し切れていないイグアインが重要な場面で本領を見せるという劇的な展開が待っているのかもしれない。守備力をこれ以上高めることができず、5−3−2も機能しなかった今、攻撃陣が本来のレベルを徐々に取り戻してくれることに期待するしかない。

 目標達成の可能性について聞かれるたびに、選手たちが口癖のように唱える「パソ・ア・パソ」(ステップ・バイ・ステップ)という言葉は、謙虚さの表れでも縁起担ぎでもなく、それしか道は残されていないという、今のアルゼンチンが直面する厳しい現実なのである。

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著者プロフィール

89年よりブエノスアイレス在住。サッカー専門誌、スポーツ誌等にアルゼンチンと南米の情報を執筆。著書に「マラドーナ新たなる闘い」(河出書房新社)、「ストライカーのつくり方」(講談社新書)があり、W杯イヤーの今年、新しく「彼らのルーツ」(実業之日本社/大野美夏氏との共著)、「キャプテンメッシの挑戦」(朝日新聞出版)を出版。

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