ブラジル的オープニングのお作法とは? 開幕を迎えるまでの経緯を振り返る

大野美夏

予算オーバーになった原因

不安の声も聞かれるが、大会が始まれば誰もが試合を楽しむ。ブラジルもサッカー王国の様相を取り戻していくはずだ 【Getty Images】

 最初の資金はW杯振興のため国立経済社会開発銀行(BNDES)から比較的簡単に許可が下りたが、最初の入札価格を越える資金が必要になっていった。当初の計画に含まれていない経費やインフレで予算を超えていくに従って、クラブ私有のスタジアム(サンパウロ、ポルトアレグレ、クリチーバ)は不足分を新たな借り入れの許可を得ないといけなくなった。

 担保のないコリンチャンスはBNDESからのさらなる借り入れの許可に数カ月かかった。BNDESとは、ブラジル経済の機関部門の開発と振興のための連邦金融機関であり、社会投資基金(FINSOCIAL)を管理する金融機関ととして融資分野は公共事業、基幹産業に対する融資および民間企業に対する長期融資である。

 許可が下りるまで、建設会社からの融資を受けながらやりくりし、将来の収入とネーミングライツを保障に許可が降りたのが13年11月。本来の工事完成が12月であったからぎりぎりというわけだ。結局、工事は開幕戦前夜まで続いた。

 州立スタジアム、または州や市がインフラ、公共交通、ホテル、空港整備に取り掛かるのが遅いのは、公費で賄うため、予算を取って、許可を得て、入札となる。それらの手続きに想像以上の手間がかかる。また、遅れれば遅れるほど、緊急事態処置として、これらの手続きを省き、入札なしで予算オーバーが許されること。企業と許可を出す政治家が共謀して汚職するため、わざと遅らせると言われている。

ネックとなった労働者の権利

 そして、労働者の権利が強いことも工事が遅れる大きな要因だ。

 ブラジルは格差社会で低賃金で働く層が多く、虐げられているような印象があるかもしれないが、実は労働者として権利はかなり守られている。ブラック企業やサービス残業などあり得ない。労働契約以外のことをさせたら、即労働裁判に持ち込まれ、会社は絶対に負ける。また、今回のスタジアム建設では労働者の数が足りず、作業が停止したり、労働局が労働者の安全性を確保するために数日間作業停止したこともあった。

 また、労働者たちが給料アップの要求を掲げてストをしたこともあった。作業員の単純なミスも多い。右に設置しなければいけないものを左に設置したため、取り外しやり直しなどわざと手を抜いている訳ではないが、精密さに欠ける作業の積み重ねが遅延につながるといった、労働者問題でも工事は遅れた。

 また、すべてをリードする政府側の統率力と実行力のある人材がいなかったことも問題だった。

安全は確保できたのか?

 スタジアム建設には様々な問題があったが、なんとか試合ができるところまでは持ってくることができた。インフラの整備は、間に合わなかったものは仕方ないで終わり。あるもので、どうにかするしかない。観客は多少の不便があってもスタジアムに入りさえすれば、美しいW杯の世界が広がっているのでご安心いただきたい。

 ただ、心配なのはスタジアムにたどり着くまで。街の治安はどうなっているかというと、W杯期間中は警察、街によっては軍を治安維持のため準備している。昨年のコンフェデ杯で起きたようなデモが再び起こるかどうかも微妙だ。

 コンフェデ杯後続いているデモは、活動家や一部の学生、お金で雇われた人など、コンフェデ杯の時の純粋な政府への抗議活動というより別の思惑が垣間見える。コンフェデ杯の時に平和的デモに参加した人たちも、W杯は状況が異なる。コンフェデ杯ごときではブラジルの試合の時間、学校も会社も休みにならないが、W杯は別格だ。誰もが試合を見るだろう。実際、パーティッグッズのお店は人で溢れ返っている。誰もが、セレソンの試合を見るときに使う応援グッズ、コスチュームを買い求めている。

 現在、サンパウロ市で大問題になっている地下鉄のストも、公務員である職員が給料アップを要求して強攻策に出たのは、今がW杯で世界的に注目されていることと、10月の選挙(大統領、州知事、国会議員、州議員)に合わせて政府を揺さぶりやすいという時期だから。同じ理由が他の街で起きている教師、警察のストにも当てはまる。あくまでも要求は給料アップ。政府は厄介なことを長引かせたくないので要求をのみやすい。選挙までこのような動きは続くと思われるが、W杯のブラジルの試合日だけはストもデモもやらないはずだ。コッパ=W杯は、4年に一度のブラジル最大級のお祭りなので、誰もがコッパを楽しむ方を選ぶだろう。

 というわけで、W杯が始まってしまえば、この国はパイース・デ・フテボウ(サッカー王国)の様相を取り戻していく。

 観光客は、不便なことに遭遇するだろうが、困った時には困った顔をして、周囲にアピールしよう。きっと、誰かがあなたを助けてくれるはず。

 お祭りの準備はできましたか? 後は楽しむだけです。

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著者プロフィール

ブラジル・サンパウロ在住。サッカー専門誌やスポーツ総合誌などで執筆、翻訳に携わり、スポーツ新聞の通信員も務める。ブラジルのサッカー情報を日本に届けるべく、精力的に取材活動を行っている。特に最近は選手育成に注目している。忘れられない思い出は、2002年W杯でのブラジル優勝の瞬間と1999年リベルタドーレス杯決勝戦、ゴール横でパルメイラスの優勝の瞬間に立ち会ったこと。著書に「彼らのルーツ、 ブラジル・アルゼンチンのサッカー選手の少年時代」(実業之日本社/藤坂ガルシア千鶴氏との共著)がある。

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