被災地の子どもたちをブラジルに! ちょんまげ隊の壮大なW杯プロジェクト

宇都宮徹壱

被災地の子どもたちをブラジルに連れて行く意義

サッカーを通じて牡鹿半島の子どもたちの支援を続けるツンさん。その発展形がブラジルW杯への招待だった 【宇都宮徹壱】

 そんな牡鹿の子どもたちを、なぜブラジルでのW杯に招待しようと思い立ったのか。ツンさんによれば、去年6月のコンフェデレーションズカップ(コンフェデ杯)で、代表を応援することの一体感やブラジル国民のホスピタリティに触れ、この企画のアイデアを温めていたのだという。それから2カ月後、宮城スタジアムで行われた日本対ウルグアイの試合で「絶対にプロジェクトを実現させたい」という思いに変わったのだという。きっかけは、観戦ツアーの帰りのバスの中で、津波で家族を亡くしたある男性が「スタジアムでみんなが一体となって応援している中にいて、自分はひとりじゃないんだって初めて思いましたね」という一言であった。

「そこで僕は、牡鹿の子どもたちをブラジルに連れて行って、現地でW杯を観戦することができたなら、きっと同じような思いを抱くのではないかと考えたんです。これまで牡鹿からほとんど出たことのないような子どもたちが、日本を飛び出してW杯を見ることで、その子はもちろん周りにいる子どもたちにも何かしらポジティブな変化を与えられるのではないかと。それともうひとつ、開催国ブラジルは今回の震災に対して、民間レベルだけで6億円もの寄付金が集まっているんです。やっぱり親日家が多いんですよ。でも、あまりにも日本から遠いので、なかなかその御礼を伝えることができない。それを僕らじゃなくて、実際に支援を受けた子どもたちが現地に言ってお礼を言えれば、そのほうが絶対に意味があると思うんですよ」

 とはいえ、このツンさんのアイデアに対しては、少なからず周囲から疑問や異議が沸き起こった。そんな治安が悪いところに子どもを連れて行って大丈夫なのか? そもそも学校を休ませるのはいかがなものか? 特定の子どもだけを連れて行くのは不公平ではないか? などなど。ツンさんはいずれの疑義に対しても「もっともだと思います」と認めた上で、このように説明する。

「まず治安ですが、昨年のコンフェデ杯の時にリサーチした結果、(交流会が行われる)サンパウロでは過去10年間、邦人が凶悪事件に巻き込まれた例はありませんでした。それと(観戦予定の)レシフェについては、ホテルとスタジアムの行き来はバスをチャーターしていますし、添乗員は信頼できる旅行代理店にお願いします。次に学校を休ませることですが、これについてはわれわれと牡鹿中学校との3年間の絆があります。中間試験や部活の重要な試合がある日を外すということで、先生から『第1戦ならいいですよ』とお墨付きをいただきました。あと不公平という話ですが、大人数だと安全面の確保が難しい上に費用もかかりすぎるので、今回はあくまで『牡鹿の代表』として、数人に絞らせていただくことでご理解いただきたいと思います」

「子どもたちだけでなく、牡鹿全体が変わるかもしれない」

 かくしてプロジェクトを具体化すべく、まずは募集パンフレットを作成して今年の3月中旬から希望者を募った。募集対象は中学生以上としたが、それでも「もしかしたら、ひとりも集まらないかも」という不安もあったという。結果、男子1名、女子3名の合計4名の申し込みがあった。この4名に「ブラジルに行って自分が変われると思うこと」というテーマの作文を書かせ、選考の上でブラジルに行ける優先順位を決めるという。費用は1名につき45万円以上で、すでに募金活動が始まっている。締め切りは5月末だが、何名を連れて行くかの判断は4月末の状況で見極めるという。

「僕たちは草の根の活動を3年間続けてきたことを大切にしたいので、大口のスポンサーに頼らずに個人協賛で一口3000円、団体協賛で一口1万円の募金を呼びかけています。特典として、子どもたちのブラジルでの体験を撮影したDVDを発送させていただきます。また二口以上募金していただいた方には、漫画家の能田達規先生(注:愛媛FCの公式マスコットのデザインで知られる)による、オリジナルのW杯体験マンガをお届けしますし、DVDのエンドロールにお名前を出させていただきます! それと『寄付はちょっと』という方は、グッズの購入でご支援いただくことも可能です。ちょんまげ隊や盟主(註:ネット上におけるアビスパ福岡のカルト的サポーター)もTシャツを作りますし、一平くん(註:カエル型の愛媛FC非公認マスコット)のタオマフ(タオルマフラー)というのもあります。まだ企画段階ですが、『サムライブルーの料理人』で知られるシェフの西芳照さんからもご協力をいただけることになりましたし、一平くんのディナーショーというアイデアもあります(笑)」

 いつもながら思うのだが、ツンさんのボランティア活動には悲壮感が微塵(みじん)もなく、むしろどこか楽しんでいるようにさえ感じられる。そのことを指摘すると「面白いことをやる。頑張り過ぎない。だから続けられるんです」という答えが返ってきた。3年が経過して震災の記憶が風化していく中、それでもツンさんとちょんまげ隊の草の根活動が持続しているのは、そうした「面白いことをやる」「頑張り過ぎない」というポリシーがあればこそであろう。

 さて、気になるのが募金の集まり具合である。ツンさんによれば、取材した4月17日時点で振り込まれた金額は15万円だが、すでに申し込みがあった分を含めると30万円は見込めるという。これに被災地報告会ルートに自らの持ち出しを合わせて、「とりあえず1名分は絶対に集めます」とのこと。これに、普段から親交のある愛媛・大阪・学生のサポーターグループの募金、そして前述したグッズ販売やチャリティイベントで、それぞれ1名分を確保したいとのこと。ここまで来れば、残り1名も何とか募金で行かせてあげたいものだ。一口3000円が150人分。私も一口寄付させていただくので、残り149人分。もし本稿をお読みになって、ツンさんの活動と心意気に賛同されたなら、ぜひとも一口お願いしたいところだ。最後に、ツンさんからも一言。

「想像してみてください。子どもたちが観戦するコートジボワール戦が行われるのは、日本時間の日曜日朝10時。牡鹿の人たちもみんな、テレビを見ています。牡鹿では、ようやくガレキは撤去されましたが、まだ更地のままの状態で皆さん仮設住宅に暮らしています。『この状況は変わらないのかもしれない』という悲観的なムードもあります。そんな中、日本から最も遠い国で開催されるW杯のスタンドに、自分たちがよく知っている子どもたちが映ったら──。きっと、何かしらポジティブな変化が起こると思うんです。子どもたちだけでなく、牡鹿全体が変わるかもしれない。皆様からの募金によって、ぜひそれを実現させたい。と同時に、東北に関心をもっていただく方が、もっと増えていけばと思っています」

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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