ジーターはなぜ開幕前に引退表明したか 会見は“終わりの始まり”

杉浦大介

メディアだけでなく、選手も埋め尽くした会見場

19日、キャンプ地タンパで引退会見を行ったジーター。その最中ですらも、チームを気遣う“らしさ”を見せた 【Getty Images】

「やらなければいけないこと(練習)があるなら、行って、やってほしい。私のためにここにいる必要はないのだから」

 2月19日(日本時間20日)に行われた記者会見の途中、会場でその様子を見守っていたヤンキースの同僚たちに対し、デレク・ジーターはそう声をかけた。そんな姿の中に、どの言葉よりも“ジーターらしさ”を感じた人は多かったのではないか。
 名門ヤンキースのチームリーダーであり、ニューヨークの街の象徴でもあり続けた背番号2が、今季限りでの引退を表明したのは12日のこと。
 自らのFacebook上のメッセージによって2014年が最後の1年になるとファンに伝えた後、19日にあらためてキャンプ地のタンパで会見がセットされた。キャプテンの言葉を聴こうと、多数のメディアだけでなく、ヤンキースの選手たちも会場を埋め尽くした。

「ニューヨークでの20年目。そしてマイナーまで含めれば23年間もプレーしてきて、もう十分にやった、何か他のこともやってみたいと思うようになった。ただ、もう1年残っていることを忘れてほしくない」

 引退決意に至った理由をそう説明したジーター。グラウンド上では何をやっても格好良く見える名遊撃手が、最後のシーズンを前に、壇上で自身の進退について話す間はいかにも居心地が悪そうだった。そんな中で飛び出したのが、冒頭の同僚たちに向けたメッセージだったのである。

全米から好感を抱かれる極めてまれな存在

 常に周囲の興味を引き付けるスター選手でありながら、もともとジーターは自分自身について話すのを何よりも嫌う。
 チームに関しては喜んで話すが、彼を題材にした記事を書きたいライターにとっては球界屈指の難敵。筆者も数年前にその少年時代に関する取材を依頼し、数日間にわたって逃げられ続けたことがある。
 ただ……グラウンドでも何よりチームを大事にする姿勢を示し続けてきた選手だから、そんな態度も許される。いや、おそらくはそんな姿勢ゆえに、メジャーリーグ中の人間からリスペクトされてきたのだろう。

 ジーターがヤンキー・スタジアムに降り立った翌年の1996年から、ヤンキースの黄金期は始まった。以降の18年で16度もプレーオフに進出し、チャンピオンリングも5つ獲得。その過程でさまざまな名シーンを演出し、“歴代有数のクラッチプレーヤー”として認められてきた。
 それと同時に、名声がこれほど高まったのは、常にチーム重視の態度とプレーを貫いて来たから。甘いマスクの高給取りでありながら、フィールド上でジーターほどエゴのなさを感じさせる選手はいなかった。
 物議を醸し続けた末に、ついに薬物事件で失墜した同僚のアレックス・ロドリゲスとは対照的。ベースボールをリスペクトする姿勢ゆえに、アンチファンも多いヤンキースの中で、ジーターだけは全米から好感を抱かれる極めてまれな存在であり続けて来たのである。

「ジーターはそれ(事前に発表すること)をしないと思っていたのでびっくりしました。今日の話を聴くと、何となくズルズルというのが嫌だから、1日ですっきりさせたいというのはよく分かりました。それもらしいと言えばらしいかな」
 勘の鋭いイチローは、この日の会見を見て、ジーターがなぜシーズン前の引退発表に踏み切ったかをすぐに理解したようである。
 1年通じて派手な引退ツアーを行い、皆に惜しまれたかったのではない。39歳で迎える今季に自身の去就ばかりに注目が集まり、目の前の試合に集中したいチームメートの邪魔になりたくなかった。早々とすっきりさせて、最後にもう一度だけ優勝を目指したい。会見中ですら仲間たちを気遣う姿からは、ジーターのそんな思いが透けて見えてくるかのようでもあった。

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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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