「緻密」と「規律」がチームを変える 新生名古屋が醸し出す大いなる可能性

今井雄一朗

変革の象徴「キャプテン・闘莉王」

練習を見守る西野新監督(中央)。キャプテンに闘莉王(左)を指名するなど、開幕に向けてチーム改革を進めている 【写真は共同】

 では「緻密」という点について考えていく。これは「繊細」と言い換えてもいい。前任の6年間を見てきた者にとっては、現監督の手法はとにかく微に入り細をうがつものだ。前述のトレーニングにしても、開始から終了まで、選手たちが気を抜く暇など一切ない。ウォーミングアップからフィジカルメニュー、ボールを使ったセッション、ゲーム形式のトレーニング、締めのサーキット。その間にGK陣は別に練習をしているのだが、途中で「あと2分で合流!」などの声がかかり、決して無駄な時間を作らないよう細かく設定されている。

 決められた時間内でメニューをこなす選手たちのレベルの高さは改めて感じるところではあるが、それ以上にこの練習濃度の高さは驚くばかりだ。付け加えておくと、西野監督の要求も決して低くない。そして厳しさもある。始動2日目の練習後には「選手がキツそうにしているから、プログラムを一つディスカウントしちゃったよ。最後がクールダウンになっちゃった。2日目にして、コーチも甘いなって思いましたね」と笑顔で話している。

 また、田中マルクス闘莉王のキャプテン就任にも、用意周到な計算が感じられる。プレーにおいてもパーソナリティーにおいても強烈な闘莉王を、いかに支配下に置くかは監督としての腕の見せどころ。前任者は世界屈指のスター選手のカリスマがものを言った。「自分にはカリスマはない」と言う西野監督が選んだのは、あえて立場を与えるという手法だった。“立場が人を作る”ではないが、選手30名の代表とすることで、指揮官からの信頼と責任ある行動を意識させる。また、当然のごとく固辞するであろう闘莉王にキャプテンを受けさせるため、2人の説得役兼お目付け役を用意した。楢崎正剛と、小川佳純である。

 前者は闘莉王が「兄貴のように何でも言ってくれる。理想のキャプテンはナラさん」と心酔する先輩であり、後者は名古屋に移籍してきた時から懇意にするかわいい後輩である。彼らをバイス(副)キャプテンとし、まずは説得を依頼。この2人がサポート役を買って出ることで、重責が少しでも軽減されることを印象付けた。楢崎が自分のサポートに回るとあれば、闘莉王もむげには断れない。かくして始動日、全体ミーティングで「キャプテン・闘莉王」が発表された。その後の闘莉王は「今まで通り温かく、厳しく、変わらずやっていく。ベストを尽くしたい」と言い、ランニングなどでも先頭をきって走る姿も見られるようになった。これまでは別メニュー調整も多かったが、今季は「全てのメニューをやるつもりでやっている。若手も多いし、勢いをつけられるように、ベテランが下支えする」と意欲十分だ。

確実視される3バック導入

 緻密に練り上げられたトレーニングプランは日々更新され、開幕への準備も着実に進められてきた。今季は3バックの導入が確実視されるが、それもまた緻密な計算の後に導き出された答えと言える。本来ならば陣容はおろか背番号もすべて自分の意向を反映したい指揮官だけに、現状は「やりくり」という言葉がふさわしい状況だ。今季の補強では刀根亮輔が唯一、西野監督のリクエストから獲得した選手であり、それも「刀根が欲しい」ではなく、「このままではさすがにDFの枚数が少なすぎる」という要望によるものだった。

 だが、3バックをやるにあたっては、偶然か必然か、人材は逆にそろっているとも言える。唯一の懸案事項はウイングバックの人選だが、左サイドには本多勇喜、佐藤和樹と本職の左サイドバックがいる。本職が不在の右サイドはコンバート組による争いだ。一番手は50m5秒8の瞬足で、コンタクトプレーにも自信を持つ田鍋陵太。過去2年間、くすぶり続けた大器の抜てきは、彼のプライドをくすぐる意味でも有効だ。他には守備意識の高い矢野貴章や、フィジカルテストで有酸素値チームトップを記録した高卒新人の森勇人など、適性を考慮した起用法は本人たちにも合点がいきやすいだろう。

 センターバックには闘莉王、牟田雄祐、刀根、ハーフナー・ニッキの4名。これではバックアップが心もとなく感じるが、本多もセンターバックでプレー可能な上、今季はダニルソンのコンバートという目玉もある。新加入の長身ボランチ・ヘジスもセンターバックとして起用できるため、選手層に問題はない。ダニルソンはキャンプ前に負傷したものの、コロンビア時代に慣れ親しんだ背番号8をもらい「好きな番号だし、センターバックは初めてだけど、やるならしっかりやる」と気持ちは前向きだ。その他のポジションはおおむね充実しており、4バックよりも3バックを選ぶのは論理的な選択といえる。

 楽しみなのは前線だ。ケネディと小川を中心に、玉田圭司や永井謙佑、新加入の野田隆之介、新人の松田力、小屋松知哉、青木亮太らに加え、今季は16歳でプロ契約を結んだ至宝・杉森考起もいる。これまで大黒将志(京都)や播戸竜二(鳥栖)、宇佐美貴史(G大阪)など多くの日本人アタッカーを育ててきた手腕の発揮には、誰もが期待するところだ。若手の可能性については西野監督も期待しているようで、「若い選手は積極的にアピールして、自分のスタイルを主張してくれている。昨季出場機会の少なかった選手たちのポテンシャルは想像以上。ポジションを動かして、コンビを変えてみたが、適応力と順応する力は高い」と一定の手応えを感じているようだった。

「自分たちからアクションを起こしていく」

 西野新体制はここまでは実に順調に、またポジティブな歩みを続けている。これもすべては、現場のトップたる指揮官のビジョンが明確だからだ。揺るぎない哲学があり、そこに到達するまでのメソッドのバリエーションも多い。システムは人が作ると公言し、実際にそうして3バックをチョイスした、その一貫性は選手にも安心感を与えるに違いない。

「ゲーム形式の中で、縦への速さは意識させている。チャレンジのボール、DFから起点を作る狙いは持たせたいと思っている。なんとなくポゼッションしていても、それはポゼッションサッカーじゃない。縦も意識して、そういうボールが上がってこないと相手の守備が崩れることはない。ミニゲームをやっていても、このチームは相変わらずフィニッシュ、得点が少ない。プレーが得点に直結しない。もっとゴールを意識しながらのボールと人の動きを考えさせる。昨季は、ポゼッションは何となくで、裏を返されて失点が多かった。自分たちからアクションを起こしていくことは追求していきたい」

 西野監督がキャンプで本格的な戦術練習を開始する前、決意表明のように語った言葉だ。潜在能力の高い集団が、常に自ら試合を動かし、支配するサッカー。誰もが見たい魅力的なスタイルを、新生・名古屋は追い求めていく。その実現に必要なチームマネジメント力は、この1カ月ほどだけでも十分に証明された。才能の宝庫に巡り合った名将もまた、嬉々(きき)として日々の陣頭指揮を執っている。少なくとも今季開幕時点では、西野・名古屋には期待感しか抱くことはできない。

<了>

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著者プロフィール

1979年生まれ。雑誌社勤務ののち、2015年よりフリーランスに。以来、有料ウェブマガジン『赤鯱新報』はじめ、名古屋グランパスの取材と愛知を中心とした東海地方のサッカー取材をライフワークとする日々。

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