五輪目指す15歳の実力者、平野歩夢=高い評価の理由 スノーボードHP
15歳平野歩夢。ソチ五輪スノーボードHP代表の有力候補だ。若さの勢いだけではない、高い評価の理由とは 【photo: ZIZO=KAZU】
現在15歳、成長を続ける平野を支える、確固たる基礎力、そして高い評価を得る理由とは――。
14歳で史上最年少メダリストに
2013年1月、14歳のときに世界最高峰であるアクションスポーツの祭典「WINTER X GAMES」で2位を獲得し、史上最年少メダリストとなった平野歩夢。昨シーズンはヨーロピアンオープンで優勝、USオープンでも2位に輝くなど華々しい成績を残し、ワールド・スノーボード・ツアー(旧TTR)のハーフパイプ年間ランキングで1位に輝いた。また、レッドブルがおくる「WORLD’S TOP 20 SNOWBOARDERS」に日本人として唯一選ばれるなど、飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
その存在を初めて世界に知らしめたのは、2011年3月に米バーモント州ストラットンで行われた伝統の一戦・USオープン決勝の公開練習中での出来事だった。このとき、平野は12歳。初めての国際大会出場であり、初となる海外遠征でもあったわけだが、惜しくも13位とファイナルには進めなかった。しかし、敗戦ライダーの中からえりすぐりの実力者のみが許される、決勝進出者の公開練習に混ざって滑るポーチャー(英語でPOACHER。直訳では「(他人の土地への)侵入者」)ランの機会を得ることができ、そこで目の肥えたオーディエンスらを熱狂させたのだ。大人顔負けの高さで宙を舞う小学生ライダーの噂は、瞬く間に世界中に轟いた。以降も順調に成長を続けるわけだが、11−12シーズンから12−13シーズンにかけて、平野は飛躍的な進化を遂げることになる。
「環境が変わりました。初めて米国に行ったときくらいから、カズ(國母和宏)くんやカール(ハリス氏。國母や平野のエージェント)たちに面倒をみてもらうようになったり、夏に(マウント)フッドのサマーキャンプに行くことができたり、ニュージーランドにも行かせてもらいました。今まで滑ったことのないパイプの感覚を得ることができ、いろいろなトップライダーたちを見てきたことによって世界のレベルを理解したうえで、何を練習すればいいのか分かったことが大きかったですね」
本当に中学3年か? と耳を疑うほど頼もしい答えに聞こえたのは、筆者だけではないはずだ。
スケートボードで磨かれた“跳ぶ”技術
「小さい頃から(山形の)横根っていう小さいスキー場にあるパイプで、ドロップインからラインどりの練習ばかりしてたんですよ。だから、けっこう身体に染み付いている感じはあります。あとはスケートボード。パイプは抜けるとき(跳ぶまで)にどれだけ(テイクオフを)待てるかが重要じゃないですか。スノーボードだとごまかせるけど、スケート(ボード)では絶対にできない。着地してから見る方向とかも共通してるし、そういう練習を毎日続けてきました」
スケートボードのランプ(ジャンプ台)で跳ぶためには、リップ部分にコーピング(鉄パイプ)が設置されているため、その手前でオーリー(ジャンプ動作)を仕掛けないとウィールが当たってしまう。そもそもウィールしか接していないのに、そのギリギリの瞬間を狙ってオーリーを仕掛けることを意識しながら、幼少期から滑り込んできたわけだ。しかしスノーボードの場合は、スケートに比べるとミスできる許容範囲が数十倍以上あるということになる。本インタビュー中に同席していたBURTONチームマネージャーの言葉を借りれば、「彼にとってギリギリでテイクオフする動きは、呼吸と変わらない」とのこと。だからこそあれだけの高さを生み出し、かつ、リップ・トゥ・リップで着地できる美しい放物線が描けるのだ。
父と繰り返した基礎の滑り
公開練習中に大クラッシュをしたことにより植え付けられた恐怖心、それに伴う痛みを抱えた状態で、マクられる寸前ギリギリまでテークオフを耐える精神力。この写真からそれが、伝わっただろうか? 【photo: Gabe L’Heureux】
「ドロップ(イン)の位置や進入角度を意識しながら練習してましたね。この角度で入ったらここで踏み込んで、そこからS字を描くようにラインを取りながらこの方向に抜けていく、といったようなことをお父さんと一緒にやってました。“着地したらこの方向で!”とか、バック・トゥ・バックの360をやってるときに“抜けの角度はこう!”とか、そういった基礎的なところをひたすら練習してたんですよ」
平野の父は地元である新潟・村上市にてスケートパークを運営している。それもあり、彼は物心がついた頃にはスノーボードとスケートボード、それぞれの動きを融合させて考えることができていた。昼間に雪上で練習してきたことを、夕方以降は屋内でスケートボードに乗り替えて反復練習する。2年前には国内最大級を誇る4.6メートルのバーチカルが設置され、海外遠征を終えて帰ってくると、6.7mのスーパーパイプでの動きとシンクロさせるように、スケートにまたがって跳ぶ。そういったことを、当たり前のように繰り返してきた。4歳でスケートボードを始め、その半年後にはスノーボードに初搭乗。たった10年というスノーボードのキャリアではあるが、その中身は20年選手のそれを超えるのかもしれない。
この話にピンとこないという人がいたら、X GEMESのライディング映像をウェブでチェックし直してほしい。海外の強豪ライダーたちが着地でボトム落ちや谷側のエッジを引っかけ、トランジションからバーチカルにかけて谷側に流れるようなラインをとりながらテイクオフしているにも関わらず、平野の滑りはソール面がスーパーパイプに吸い付いているかのように無駄がなく、リップラインに対して垂直に限りなく近い角度でテイクオフしている。G(重力)に負けずにスピードを生かせているだけに、当然、放物線の弧は大きくなる。だからこそ高く、そして美しいのだ。
これらが、平野のパイプライディングが世界的に高く評価されている理由である。
<了>
(野上大介/トランスワールド・スノーボーディング・ジャパン編集長)
12月6日に発売した最新号。特集は「15歳、平野歩夢。」本コラムの続編も掲載中 【トランスワールド・スノーボーディング・ジャパン】
12月6日に発売した最新号。特集「15歳、平野歩夢。」では、本コラムの続編を用意している。育ってきた環境や金メダルへの想いまでを語ったインタビューの続きから、両親が語る平野家の秘密、國母和宏やテリエ・ハーカンセンらからのメッセージなど、冬季五輪・日本人最年少メダリストの可能性が十分にある彼のすべてを、余すことなくお届け。第2特集では、当たり年の今シーズンを“最高の冬”にするべく提案する「シーズン計画書」。第3特集は「滑りの革新」と題し、五輪競技としてばかりが注目されるスノーボーディングの本質に迫った内容でお届けする。
■編集長 野上大介プロフィール
1974年生まれ、千葉県松戸市出身。スノーボード専門誌「TRANSWORLD SNOWboarding JAPAN(トランスワールド・スノーボーディング・ジャパン)」編集長。大学卒業後、全日本スノーボード選手権大会ハーフパイプ部門に2度出場するなど、複数ブランドとの契約ライダーとして活動していたが、ケガを契機に引退。その後、アウトドア関連の老舗出版社を経て、現在に至る。編集長として8年目。今年開催された、アクション&アドベンチャースポーツのインターナショナル・フォト・コンペティション「Red Bull Illume Image Quest 2013」の日本代表審査員。フェイスブック(www.facebook.com/dainogami)やツイッター(@daisuke_nogami)でも情報を発信している。
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