“卒業”の寺川綾が教えてくれたこと=美人スイマーの葛藤を乗り越えて

萩原智子

美人スイマーの宿命を受け入れて

現役生活に悔いはない。これまで全力で走り続けてきたからこそ、笑顔がはじける、最高の“卒業式”となった 【スポーツナビ】

 ところで、かつて日本代表のチームメートとして遠征や合宿生活を共に過ごした際、寺川選手が私に「結果を残していないのに、注目される。こんなに苦しいことはない……」と、苦しい胸のうちを話してくれたことがあった。いちアスリートとしてではなく、“美人アイドルスイマー”として注目されるつらさ。彼女は人知れず、悩み続け、葛藤し続けてきたのだった。

 そのことを思い出し、引退会見で「美人アイドルスイマーとして注目されていたこと」について、あえて質問を投げ掛けてみた。

「最初はどうしていいか分からなかった。突然、いろんな人に声を掛けられたり。ただ、そう皆さんがおしゃってくれたおかげで、私が出るから試合を見に来た人もたくさんいらした。最終的に水泳ファンが増えたと思うので、良かったと思う」と、苦しみ、葛藤し続けてきた問いに、寺川選手は笑顔で返した。この答えこそまさに、彼女が自らの宿命を受け入れ、覚悟を持って競技と向き合ってきた証しだ。

 寺川選手は、私たちに、どんな苦しい状況でも環境でも、信念を持って進み続ける姿を示してくれた。我慢強さ、粘り強さ、勝負強さ、強い覚悟……大切なことを教えてくれた。

 今後は「ここからスタート。自分にしかできないことを探して頑張っていきたい」と、最高の笑顔を見せた。最高に美しく、光り輝くスイマー寺川綾選手の第二の人生は、始まったばかりだ。

 会見では「引退」という言葉を使わず、「卒業」と語った。「引退の言葉が寂しくて……」と、ほほ笑む彼女を見て、心が温かくなった。苦しみも悔しさも、さまざまなことを乗り越えてきた彼女の“卒業式”。幸せが詰まった最高の卒業式だった。

 寺川綾選手、たくさんの感動と笑顔をありがとう。

<了>

2/2ページ

著者プロフィール

2000年シドニー五輪200メートル背泳ぎ4位入賞。「ハギトモ」の愛称で親しまれ、現在でも4×100メートルフリーリレー、100メートル個人メドレー短水路の日本記録を保持しているオールラウンドスイマー。現在は、山梨学院カレッジスポーツセンター研究員を務めるかたわら、水泳解説や水泳指導のため、全国を駆け回る日々を続けている

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント