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バレンティンの本塁打記録に見るプロ野球ファンの成熟度

近年のプロ野球ファンの民度はずいぶん向上した

 結論から書くと、今年はさすがに大丈夫そうだ。なにしろヤクルトの残り試合は28試合もあるため、相手投手が四球で逃げ続けるのも無理がある。確かに、ここ数試合のバレンティンは四球が増えたが、それは強打者を警戒することで生まれた四球であって、聖域を守るためのあからさまな四球攻めではない。したがって、現在の本塁打ペースからやや落ちたとしても、シーズン55本の壁を超えるのは時間の問題だろう。

 また、バレンティンに対しては、過去三人の外国人選手のときにあったような滑稽な空気があまり感じられない。中でも顕著なのはプロ野球ファンの声だ。先日、日本経済新聞が行ったアンケート調査によると、バレンティンが王の記録を更新することについて「ぜひ達成してほしい」と答えた人が69.1%、「破られたらそれで仕方ない」と答えた人が27.1%も占めた。つまり、計96.2%のプロ野球ファンが肯定的なのだ。


 僕としては、こういう空気になっていることが一番喜ばしい。プロ野球の歴史が長くなり、それにつれて情報量も増えたからか、近年のプロ野球ファンの民度はずいぶん向上したように思う。感情を優先して個人の記録を聖域化し、その競技本来の醍醐味を見失うことがいかにつまらないことか。何事も過去の愚行から学ぶことは多いのだ。


 さらに、すでにいくつかの活字メディアに書かれていた「飛ぶボールのおかげでバレンティンの本塁打数が増えた」などといった記録にケチをつけるような論調の記事についても、プロ野球ファンの多くはその情報を正しく識別している印象を受ける。たとえ「飛ぶボール」と書かれていたとしても、それは昔のラビットボールのような高反発球のことではなく、正確には「(反発係数を基準より下げすぎていた違反球を基準通りに修正したことで、2011年〜12年のものと比べると)飛ぶボール」という意味であり、それでも2010年以前のボールと比べると今年のボールのほうが反発係数は低い。そういう括弧内に隠された情報を多くのプロ野球ファンが知っているため、否定的な記事に簡単に同調することなく、素直にバレンティンの記録更新を楽しみにしているのだろう。プロ野球ファンの民度だけでなく、彼らのプロ野球に関するメディア・リテラシーも向上しているのだ。

今の時代、単なる記録更新以上に大きな意味がある

 そういう時代の中で、シーズン55本塁打という聖域じみた古い記録が打ち破られるのなら、これは単なる記録更新以上に大きな意味がある。今後ますます国際化が進むであろう日本球界において、アメリカ人のバースがシーズン最高打率記録(.389)を保持し、日本人の小鶴誠がシーズン最多打点記録(161打点)を保持し、さらにオランダ人のバレンティンがシーズン最多本塁打記録を保持するようになるということは、国際化の道のりに適した大きな前進とも言える。新しい時代の到来だ。


 さあ、バレンティンにはぜひとも早めに56本目の本塁打をかっ飛ばしてもらいたい。そして、プレッシャーから解放された中で、どこまで本塁打数が伸びるのかも大きな楽しみだ。今のバレンティンにとって怖いのは、故障による戦線離脱と打撃不振だろう。もともと、いったんスランプに陥ると長期化するタイプだから。


<了>

山田隆道
山田隆道
作家。1976年大阪生まれ。早稲田大学卒業。「虎がにじんだ夕暮れ」「神童チェリー」などの小説を発表するほか、大の野球ファン(特に阪神)が高じて「阪神タイガース暗黒のダメ虎史」「プロ野球むしかえしニュース」などの野球関連本も多数上梓。現在、文学金魚で長編小説「家を看取る日」、日刊ゲンダイで野球コラム「対岸のヤジ」、東京スポーツ新聞で「悪魔の添削」を連載中。京都造形芸術大学文芸表現学科、東京Kip学伸(現代文・小論文クラス)で教鞭も執っている。

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