Aロッドの夏 我々は不名誉な歴史の目撃者

杉浦大介

一方でチームは様々な形で恩恵を受けることに

 この一連のA−ロッド問題によって、ヤンキースも様々な形で恩恵を受けることになりそうである。

 MLBが握っているという証拠の内容は定かではないが、調停の結果、ロドリゲスの出場停止期間は150試合程度まで減らされる可能性はありそうだ。それでも例えば来季いっぱいまで出場停止になってくれれば、チーム側は2750万ドルという超高額年俸を支払う必要がなくなる。主力の高齢化、若手の伸び悩みで手詰まりになりかけていたヤンキースにとって、これだけの金額を補強に廻せるのは願ってもない展開と言って良い。
 今季中に関しては、とりあえずA−ロッドを起用できる間は使い、チーム得点でメジャー28位とどん底の打線にてこ入れを期待するのも良いだろう。すでに全盛を過ぎて久しいロドリゲスだが、11日のタイガース戦ではジャスティン・バーランダーから本塁打を放ってそのパワーを改めて証明している。

 さらに1つ付け加えれば、ロドリゲス復帰によるビジネス面の効果も大きいに違いない。今季のヤンキースの本拠地での平均観客動員は40,096人(前年比で3,100人減)だったが、A−ロッドが帰って来た後の2戦では46,545人、45,728人と大幅アップ。5日にシカゴで行なわれたホワイトソックスとの復帰初戦では、YESネットワークも今季最高の視聴率を記録したという。
 一挙一動が興味を惹く名物男への注目度の高さは健在。プレーオフ進出が難しくなった厳しいシーズンの後半戦でも、ヤンキースは野次馬的な興味を惹き付け続けることができるはずだ。

彼は今、本当にグラウンドに立ち続けるべきなのか?

 ただ……ビジネス面では理に叶う一方で、選手、地元ファン、さらに私たちメディアまで含め、多くの人間がこの一件に複雑な感情を抱いているのもまた事実である。ベースボールを愛するものなら誰もが、A−ロッドがプレーする姿を見て居心地の悪さを感じずにはいられないだろう。
 ロドリゲスは薬物服用自体は否定しておらず、違反し続けていたのは確実。そんな彼は今、本当にグラウンドに立ち続けるべきなのか? ルール上は問題なく、プレーさせるのが恐らくは“正しいこと”だと理解していても、胸に引っかかりを覚える人は多いはずだ。

「MLBは異議申し立ての制度を採用し、期間中はプレーできることになっている。ルールに乗っ取ってプレーするなら、私は問題はないと思っているよ」
 ジョー・ジラルディ監督はそう語り、A−ロッドを起用し続けることを正当化する。しかし実際には、高給取りが復帰してしまえば使わざるを得ないという苦しい胸の内もあるのではないか。そして何より、“今回の件を見て、自分の子供に何を伝えますか”という質問に対するジラルディの言葉が、すべてを物語っているように思えた。
「携帯電話のカメラなども進歩した現代では、(何か不正をして)それから逃れるのは難しい。大抵の場合は行動の報いを受けることになっているんだ。息子にはハードワークと物事を正しく行なうことの大切さを話したよ」

A−ロッドのプレーに思いを巡らせ、虚しさだけが残る

 主役が禁止薬物に手を染めていたと誰もが認識しているにも関わらず、史上に残る“2013年、A−ロッドの夏”は開演を迎えた。サーカスの継続とともに、我々は“不名誉な歴史”の目撃者になる。
 史上最高のホームラン打者になるかと思われた選手のプレーを、私たちはどこか後ろめたい気分を感じながら眺め続けることになる。その過程で、彼の過去の活躍のどこまでが本物であったかにも疑いを巡らさずにはいられない。そしてその後には、虚しさだけが残る。

 ロドリゲスをはじめとする違反者への厳しい処置は、後の選手たちに対する抑止メッセージでもあるのだろう。だとすれば、その効果を願わずにいられない。
 禁止薬物使用者の打席を興味深く見つめることは、私たちが子供の頃に学んだ本来のベースボールの楽しみ方から、余りにもかけ離れてるように思えてならないからだ。

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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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