サビつき始めたシティーの誇り高い伝統=相反する歴史を刻んだ2つのクラブ

東本貢司

ファーガソンが慕い、範としたマット・バズビー

オイルマネーによってスター軍団と化したシティー。かつての誇り高い伝統はサビつき始めている 【Getty Images】

 つまり、こう言えばもっと分かりやすいだろうか。シティーが“その立場上”地元に根ざさざるを得なかった一方で、ユナイテッドは早くから“全国”を意識していた……。

 例えば、1892年にリーグ2部制が導入されたとき、ユナイテッド(当時はまだ「ニュートン・ヒース」)が1部に、シティー(当時名称は「アードウィック」)が2部に組み入れられたように、今日につながる格差は早くから兆しを見せていた。とはいえ、前者の先進的で自由闊達(じゆうかったつ)な(ある意味では道理を超越した)“企業努力”が、地元意識に凝り固まったライバルを引き離していった様子は、歴史上のさまざまな事件が証明している。その象徴、ないしは決定打となったのが、第二次大戦終息直後の1945年にユナイテッドが監督に迎えたマット・バズビーだった。

 英国フットボール史上“最高”の名将、あのアレックス・ファーガソンが慕い、範とした伝説の指導者――と言うだけでは、少なくとも「ユナイテッド対シティー」のライバル関係を解き明かす場合に少々舌足らずになってしまうだろう。なぜなら、現役時代のバズビーがそのほとんどをささげたクラブこそ、他でもない、シティーだったからだ。

 バズビーのユナイテッド監督就任には幾分フィクションめいたドラマが記録に残されている。その“シナリオ”はここではあえて省略するが、その続編にも興味深いエピソードが少なくない。一例を挙げれば、シティー史上に“唯一の黄金時代”をもたらした監督ジョー・マーサーは、シティー時代のバズビーの後輩で、戦時中も軍隊チームの一員として帯同した(バズビーはそのチームでプレーヤー兼監督だった)、いわば師弟関係にあった――などなど。

「古き良きフットボールクラブ」の原型

 バズビーは、ほぼ同時代のアーセナルの名将ハーバート・チャップマンとともに、今日ではごく当たり前の慣例となっているさまざまな発想、アイディアを持ち込んだ“偉人”の一人だが、ではなぜ彼は「住み慣れた、恩のある」シティーに“背を向ける”ことになったのか。ひょっとして、もしバズビーが“あのとき”ふと翻意してシティーの恩に報いる決断をしていたならば、今日の両クラブの立場は逆転していたかもしれない!?

 いや、すべてはどこまで行っても机上の空論でしかない。ただ、あくまでも推測になるが、バズビーはユナイテッドの柔軟で大胆なクラブ経営方針に未来を嗅ぎ取ったのではないだろうか。長年プレーヤーとして“シティーの硬直した体質”を身に染みて分かっていたからなのかもしれない。

 しかし、だからこそ、分かる気もする。かつてのシティーはきっと「古き良きフットボールクラブ」の原型なのだ。そこに、マンチェスターの“大半のファン”は郷愁を留めている。「ミュンヘンの悲劇」に象徴される、ある意味で派手でドラマティックな歴史を刻んできたユナイテッドとは別の意味での、ずっとシンプルな郷愁を。

 ただ、その郷愁は、あるいは「誇り高い伝統」は、いま明らかにサビつき始めている。アブダビ発の莫大なオイルマネーによって超多国籍スター軍団と化した“ニュー・シティー”が発散する、目がチカチカするような違和感とともに。

 やっとのことで宿敵を一時的にせよ出し抜いた喜びに思わず感涙したものの、シティーのオールドファンの多くは、きっとため息をつきながら「本物のシティー」の復活に、いま一度、密に、夢をはせているのではないだろうか。

 例えば、いつか近い将来、ロベルト・マンチーニやマヌエル・ペジェグリーニではなく、「もっと親しみのある名前」の指揮官がやってきて、彼が見いだし育て上げる「もっと親しみのある名前」のプレーヤーが、エティハド改め「シティー・オヴ・マンチェスター」で爽快に乱舞する日を――。それでこそ、市民のクラブ、シティズンズこと「シティー」なのだから。

<了>

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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