錦織圭、全仏初戦で見せた格上の貫録=全仏オープン

内田暁

錦織が放った格上の威光

 しかし、この友人の思い切りの良いプレーが、錦織に逆襲のヒントを与えることになる。「相手の前に出るプレーを見て、自分もやらなくてはと思った」という錦織は、相手のダブルフォールトに乗じて次のゲームを即ブレークバック。ゲームカウント1−3から5ゲーム連取に成功し、ミスがありながらも第1セットをつかみ取った。

 このセットを手中に収めたことで、以降の錦織のプレーは、格上の貫禄とでも言うべき威光を放ちはじめる。ストロークの打ち合いではほとんどミスを犯さず、ショットを左右に打ち分けるだけで、いとも簡単そうにウイナーを奪っていく。「クレーでの課題」だと言う攻守の切り替えの判断も良く、ネットに詰めてボレーを奪う場面も増えていった。スコアは6−3、6−2、6−0、試合時間は1時間31分。互いの手の内を知る世界90位の25歳に、全く勝機を与えなかった。

「圭が一度流れをつかんだら、自分は何もできなかった」

 拍子抜けするほどの潔さで完敗を認める敗者は、錦織の強さを、こう言い表す。
「彼は動きがすごく良い。そして、こちらのボールをいとも簡単に処理する。ボールを捉えるのが早く、左右にどんどん打ち分けてくるのに、とても安定していてミスがない。まるで壁を相手に打っているようだった」

 このレビンの錦織評は、驚くまでに、錦織のジョコビッチ評と酷似する。錦織が、世界1位のジョコビッチから感じた強さの源泉――それはそのまま、錦織の対戦相手たちが時に深い絶望感と共に身体で知る、錦織圭の強さのゆえんなのだろう。

次の領域に近づく錦織

 今大会の会見で、アメリカ人記者が錦織に、次のような問いを投げ掛けた。
「もし、フロリダのIMGアカデミーに来ていなければ、今日の成功は無かったと思うか?」と。

 第13シード選手は、答える。

「それは分からない。分からないけれど、アメリカに来たことはすごく大きな意味を持っている。僕は日本の小さな街に住んでいたので、コーチやヒッティングパートナーもいないような環境だった。それがフロリダに来たとたん、14歳にして、世界トップ10に居たトミー・ハースと練習できるようになったんだから」

 その運命の渡米から、10年。「日本の小さな街」から来た少年は、今や同じIMGアカデミー生をして「僕には彼は強すぎた」と絶賛せしめるトッププレーヤーに成長し、ほんの一握りの選手だけが踏み込める領域へと近づきつつある。

「次のゴールはトップ10。簡単なことではないけれど、十分に狙えるところまでやってきた」
 今年に入ってから幾度か繰り返してきたその言葉を、錦織は自身に言い聞かせるかのように、あらためて口にする。

 全仏オープン初戦で見せた、格上のテニス。それは掲げた夢への距離を、また少し、そして確実に縮めるものだ。

<了>

2/2ページ

著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント