小野伸二とWSW、おとぎ話は終わらない=敗戦を糧に感じる来季への手応え

植松久隆

WSWを陥れたCCMのゲームプラン

WSWは敗戦を糧に来季はACLでの躍進も狙う 【Getty Images】

 この日のWSWは、中盤の底でボールがまったく収まらず、なかなか良い形で小野にボールをつなぐことができなかった。結果として、攻撃が散発的になりゴールに迫れない悪循環に陥った。

 小野は「相手の方が良いサッカーをしていた」と素直にCCMの出来の良さを認めつつ、「もっと自分がやらなければいけないことはあったが、それができなかった」と自らのパフォーマンスに関しての反省を口にした。さらに、「チームがうまくいかない状況で自分がどうやって立て直すかを考えなければならなかったが、それができなかった」と大事な試合をものにできなかった悔しさをにじませながら振り返った。

 これらの言葉は、クラブの押しも押されもせぬ看板選手である彼の強い自負心の表れではあるが、この試合に関して言えば、個々ではなくチーム全体として機能しない、非常にフラストレーションのたまる展開だったことは間違いない。

 試合がそのように展開したのは、CCMにとっては「思うツボ」だった。この試合の全体を通じて、CCMは、WSWのボールの出どころを早め早めにケア、小野とFWマーク・ブリッジというWSWの攻撃のキーマンである2人を可能な限り抑えて仕事をさせなかった。試合後、CCMのアーノルド監督は「とにかく、彼らの最大の長所を消す、すなわち彼らの攻撃の展開力を発揮させないことにフォーカスした。そのミッションを完璧に実行できたことで、小野とブリッジに静かにしてもらうことができた」と自画自賛し、ゲームプラン通りの試合運びに満足の表情を見せた。

 一方、大舞台で自分たちのサッカーができずに敗れたWSWのポポヴィッチ監督は、「今日のような大事な試合では、細かいディテールが非常に重要。その全体的なクオリティーで相手が上回った。試合の勝ち負けうんぬんより、まずはそこで相手を上回ることが大事で、それができた彼らに、ゲームをモノにされてしまった」と、潔く完敗を認めていた。

“おとぎ話”は終わらない

 ファイナル制覇は逃したとはいえ、WSWの快進撃は称賛に値する。そんな新規参入クラブの活躍を、当初からメディアは、“フェアリーテイル(Fairy Tale)”(筆者注:おとぎ話の意)と書き表した。始めのうちは、書く側に「この快進撃もいつか止まるさ……」という皮肉めいた含意があったのは想像に難くない。しかし、止まらないWSWの勢いに、「WSWの強さは本物」との共通認識が、サポーターの強烈な存在感とともに加速度的に広まっていった。そして、WSWは、一気にリーグ首位へと駆け上がり、参入初年度のレギュラーシーズン優勝という偉業を達成、おとぎ話を現実のものとしてみせた。

 そのWSWの初年度の“フェアリーテイル”は、グランドファイナルの敗戦をもって幕を下し、最終章にハッピーエンドの結末を書きこむことはできなかった。少々、気は早いかも知れないが、来季のWSWは、Aリーグに前例のないレギュラーシーズンの連覇、今季成し得なかったファイナル制覇、アジアチャンピオンズリーグ(ACL)への挑戦と、新たな“フェアリーテイル”の題材に事欠かない。昨年の今ごろには存在しなかったクラブが、設立発表からわずか1年弱でグランドファイナルの大舞台に立つことはそうできることではない。しかし、このクラブのポテンシャルに思いをはせるとき、この先にもっと大きな驚きを与えてくれるのではないかという気さえする。

「今日の負けが来年に向かっての良い材料になる。(中略)この悔しさは来年にとっておいて、これをバネにして、盛り返していければ」と、小野は来季の抱負を語ったが、この発言からも小野自身、このチームのポテンシャルに手応えを感じている様子が見て取れる。
 ドラマに満ち溢れた2012−13シーズンは終わったが、WSWの“フェアリーテイル”は終わらない。WSWと小野伸二には、おとぎ話を現実に変える力がある――。そう信じて、新たな物語が紡がれる来季を今日から首を長くして待つばかりだ。

<了>

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著者プロフィール

1974年福岡県生まれ。豪州ブリスベン在住。中高はボールをうまく足でコントロールできないなら手でというだけの理由でハンドボール部に所属。浪人で上京、草創期のJリーグや代表戦に足しげく通う。一所に落ち着けない20代を駆け抜け、30歳目前にして03年に豪州に渡る。豪州最大の邦字紙・日豪プレスで勤務、サッカー関連記事を担当。07年からはフリーランスとして活動する。日豪プレス連載の「日豪サッカー新時代」は、豪州サッカー愛好者にマニアックな支持を集め、好評を博している

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