“和製フェルプス”萩野、速さの秘密は「究極のエコ泳法」=ハギトモコラム

萩原智子

ターン後の水中動作に定評

史上初の5冠を達成した萩野。速さの秘密は、キックの強さに加え、水の抵抗を受けないよう体を一直線に保つ泳ぎ方にある 【写真は共同】

 競泳日本選手権3日目を終え、18歳の萩野公介選手(東洋大)が偉業を成し遂げた。宣言通り、日本選手権史上初の5冠を達成。あとは最終日の200メートル背泳ぎを残すのみとなった。前人未到の6冠へ向けて、彼がどんな泳ぎを見せてくれるのか、楽しみだ。

 萩野選手はなぜ強いのか。もちろん、彼の人間性の部分も大きく影響している。「素直さ」と「謙虚さ」、そして「理解力」。速く、強くなるためには、心身ともに鍛えなければならない。たとえ速くても心が弱ければ負けてしまう。強化を進めていく中で、心だけでも、体だけでも、勝負の世界では通用しない。その点、精神的な部分での強さについて、萩野選手は申し分ない。

 技術面はどうか。萩野選手はスタート、ターン後の水中動作に定評がある。2日目の100メートル背泳ぎでも、ポイントとなったのは、ターン後のバサロキックだった。ターンして浮き上がった際、入江陵介選手(イトマン東進)を大きく引き離し、逃げ切った。この水中でのバサロキックやドルフィンキックが、彼の強さのひとつでもあることは間違いない。

水の抵抗を受けない一直線の状態

 それに加え、萩野選手の泳ぎに注目してみると、水面によく浮いているのが分かる。水面を滑るように進む彼の泳ぎは、まるでアメンボのように優雅だ。水泳は、泳ぎの中でどれだけ水の抵抗を減らすかが、大きなポイントになる。体が水面によく浮くということは、抵抗の少ない泳ぎができているということ。では、どうして水面に浮くことができるのか。

 萩野選手の泳ぎを分析すると、ストローク(手をかく動作)の際、手が入水し、キャッチ(水を手でとらえる動作)する姿勢に、ひとつのポイントがある。萩野選手の場合、その入水からキャッチ動作に入るまでの間、しっかり肩甲骨を広げ、伸びているのにもかかわらず、手―腕―肩の落ち込みが少ない。そのため、彼は水の中の高い位置でキャッチ動作に入り、手―肩―胴体―足まで一直線に体を保つことができる。

 これは水の中を移動する姿勢では一番抵抗が少ない。その一直線の状態のまま強烈なキックを打つことで、高い推進力が発揮される。一般的には、手の入水後、キャッチ動作に入る前に手が落ち込んでしまい、体を水面の高い位置で保つことが難しい。萩野選手自身も「キャッチを大事にしている」と話している通り、彼の泳ぎのポイントになっている

 萩野選手の泳ぎは水の抵抗を受けないため、無駄なエネルギーを使うことがない。その結果、「究極のエコ泳法」が可能となる。もちろん、複数種目をこなせる体力面での強さもあるが、エコ泳法ができているからこそ、あの爆発的なラストスパートが生まれるのだ。彼がこれほど複数種目で強いのも、このエコ泳法が要因となっている。

エコ泳法を作り上げた体幹の強さ

 高い位置でキャッチ動作に入り、体を一直線に保つことができるのは、萩野選手自身の泳速に負けない体幹の強さにある。この体幹の強さは、ここ数年で突然、身についたものではなく、小学生のころからの徹底した基礎トレーニングで築き上げてきた賜物だ。その揺るぎない基礎があったからこそ、筋力アップしてスピードがついても、泳ぎが崩れることはない。

 小学生のころから、昨年まで指導していた前田覚コーチのトレーニングにより、徹底的に基礎が作り上げられたこと。そして現在の平井伯昌コーチの下で、より体幹を強化すると同時に、今までなかったスピード感覚を身につけたこと。これが「究極のエコ泳法」を作り上げる上での大事なプロセスになった。

 萩野選手がマイケル・フェルプス選手(米国)を目標にしてきたように、今度は「萩野公介選手」を目標にする選手が出てくるだろう。これから世界を目指す選手にとって、“和製フェルプス”こと萩野選手の存在は大きな道標となる。まずは日本選手権最終日、6冠を目指す彼がどんなレースを見せてくれるのか。日本水泳界の常識を打ち破る、偉大なチャレンジに期待している。

<了>
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著者プロフィール

2000年シドニー五輪200メートル背泳ぎ4位入賞。「ハギトモ」の愛称で親しまれ、現在でも4×100メートルフリーリレー、100メートル個人メドレー短水路の日本記録を保持しているオールラウンドスイマー。現在は、山梨学院カレッジスポーツセンター研究員を務めるかたわら、水泳解説や水泳指導のため、全国を駆け回る日々を続けている

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