新怪物・安樂智大が甲子園で刻んだ「はじめの一歩」

寺下友徳

延長戦で見せた「心の余裕」

安樂は10回表1死満塁のピンチも、これまで多投したストレートではなく、変化球中心のピッチングに変えて抑える心の余裕を見せた 【写真は共同】

 果てることなく続く延長戦。球数は200球をゆうに超える極限状態。しかしながら、この日の安樂には粘り腰があった。

「9回はストレートを要求した僕のせいで打たれてしまったので、延長戦では変化球を交ぜてストレートを使うようにした」と話す金子昴平(3年)のリードに導かれ、スライダー、カーブ、チェンジアップを多用した安樂。10回表無死満塁の大ピンチにも5番・市岡龍宣(3年)を変化球で追い込んでからストレートで見逃し三振。続く川瀬小次郎(3年)を変化球で併殺に。9回に2点適時打を打たれた146キロのストレートから思考を切り替える心の余裕が2人にはあった。

「試合後半は変化球で軽くストライクを取ってくるので、ストレート狙いから切り替えられなかった。ストレートと変化球の腕の振りが一緒なので、あれはなかなか高校生は打てません」

 敵将・中井哲之監督は9回表に気持ちを出して3点差を追い付いた選手たちをたたえつつ、延長戦で攻めあぐんだ理由をこう説明する。

チームメートを信じた安樂の粘投

 そして安樂は広陵高エース・下石涼太(3年)に立ち向かうチームメートを信じた。

「昨秋愛媛大会で2試合連続サヨナラ勝ちをしているので、誰かが決めてくれると思っていました」

 そういえば、彼は甲子園出発直前、こんなことを口にしている。
「ちょっと前まで、みんなの期待に応えられるか、不安が7割でした。でも、監督さんから『お前にかけている。任せている』と言われ、クラスメートやチームメートからも『こんなに取材を受けても嫌な顔1つしない安樂はすごい』と言われて自信をもらいました。だから、甲子園では自分を信じてみんなを信じてマウンドに立とうと思っているんです」

 13回裏一死満塁。8番・金子の打球が一塁手を強襲した瞬間、232球の熱投はここに成就した……。

 試合後、上甲監督は安樂を「1つずつ成長してくれれば。ホップ・ステップ・ジャンプのホップはできたと思います」と評した。こうして濃密な「はじめの一歩」を聖地に刻んだ安樂智大。「少しは成長できたと思う」謙虚な右腕の怪物ヒストリーは始まったばかりだ。

<了>

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著者プロフィール

1971年、福井県生まれの東京都東村山市育ち。國學院久我山高→亜細亜大と進学した学生時代は「応援道」に没頭し、就職後は種々雑多な職歴を経験。2004年からは本格的に執筆活動を開始し、07年2月からは関東から愛媛県松山市に居を移し四国のスポーツを追及する。高校野球関連では「野球太郎」、「ホームラン」を中心に寄稿。

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