ピッチの孤影=シリーズ東京ヴェルディ(5)=チームスポーツの社会学を学ぶ

海江田哲朗

新たなチャレンジを選んだ小林

キャプテンを務め、10番を背負っていた小林(10)は、磐田での新たなチャレンジを選んだ 【Getty Images】

 リーグ戦の折り返し地点を過ぎ、移籍ウインドー(7月20日〜8月17日)がオープン。市場が活発に動き出した。

 東京Vは島川俊郎がJFLのブラウブリッツ秋田へ、舘野俊祐がカターレ富山に期限付き移籍。杉本健勇が期限付き移籍満了に伴い、セレッソ大阪に戻った。そして7月24日、小林祐希のジュビロ磐田への期限付き移籍が発表された。今季は24試合4得点。キャプテンを務め、10番を背負う看板選手のシーズン途中の移籍は事件だ。まさかの事態に、わたしは度肝を抜かれた。記憶の糸を手繰れば、熊本戦の試合後のミックスゾーンで、羽生英之社長の前でガックリとうなだれ、目元をぬぐう小林を目撃した。だが、わたしは「あの決定機を外したのがよほどこたえたのか。頑張れ、次は決めるんだ」などと思い、お気楽な態度であった。

 じくじたる思いがあるだろう。小林にとってこの1年半は自分にはできないことに気づき、身をもって知る月日でもあった。開幕から2戦連続でゴールを決め、すべり出しは順調だった。だが、第10節のアビスパ福岡戦からスタメンを外れ、途中出場が主となっていく。やがて、グループから浮き上がって見えるようになった。チームの中で自分が生かされ、他者を生かすために何をすべきなのか。先述した「チームスポーツの社会学」において、小林はあまりに不器用だった。これは彼自身の落ち度だ。当初は歩み寄る姿勢を見せていたが、長くは続かなかった。結果を出すことで信頼を引き寄せようとしたが、それも十分な成果を挙げられなかった。相手の逆を取るうまさ、遊び心のあるプレーは影を潜め、自慢の左足はだんだん輝きを失っていった。

 周囲と積極的にコミュニケーションを取り、関係を構築するのが不得手なのはクラブ側も認識していた。これを一足飛びに解決に導こうと、大役を任せた羽生社長と川勝監督の判断は結果的に裏目に出た。小林がチームの中心としてあるべき理想の自己像と現実のギャップはとうとう埋まらなかった。

 咋年末にはJ1の2クラブから獲得のオファーが届いているように、小林の市場価値は高く評価されている。ここで、中盤にけが人が続出する磐田が浮上する。小林の窮状を知り、ぎりぎりまで追い詰められていると見た代理人サイドが点と点とをつないだ。この時点では、磐田からのオファーという選択肢を得たのみである。そこで、考えた末に選んだのが東京Vに残り、責任を全うすることではなく、磐田での新たなチャレンジだった。

次節は甲府との首位決戦

 とはいえ、通常のケースではクラブ側が移籍を容認できるものではない。小林は新時代の東京Vを象徴するプレーヤーである。だが、現在はピッチ上で絶対的な存在ではなく、中途半端な立場に置かれている。東京Vの首脳陣は、ここで強引に引き止めることが昇格を狙うチームのプラスになるとは判断しなかった。また、本人のためにもならないとし、半年間の期限付き移籍で磐田に送り出した。

 人間は多面体だ。この一事をもって小林のすべてを知ることはできない。誰しも美点と欠点を持っており、いくつもの顔を持つ。

 熊本戦から休日を挟み、2日後の練習場。わたしは10番のいないピッチを眺めていた。そして、今さらのように気づくのである。自分は彼のプレーを目で見ていたのではなく、たぶんハートで見ていたんだよなあ、と。育成組織の時代から小林を見てきた人には、思い当たるフシがあるに違いない。だから、今回の件は頭でいじくり回しても、どうしたって腑に落ちるはずがないのだ。近日中に発表があると聞く補強選手(誰だかは不明)が加わり、仮に戦力を足し引きしてプラスのように思えても、納得とは程遠い。もっとも無理に納得する必要はなく、ぎゅっと押し込むと体と心に悪い気がする。しばらくは宙ぶらりんのまま、どこか適当なところに落ち着くまで放っておきたい。

 さて、何はともあれ東京Vの戦いは続く。次節は2位のヴァンフォーレ甲府戦。中後と梶川諒太が出場停止で、中盤のメンツが明らかに足りない。故障から回復途上の飯尾一慶が「間に合わせるつもりでやる」と練習に復帰し、ボランチで起用の可能性がある東京Vユースの吉野恭平は「(試合に出る準備は)余裕ッス」と大胆発言で笑わせてくれた。

 7月29日、首位決戦。手負いの東京Vが敵地に乗り込む。

<了>

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著者プロフィール

1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディを中心に、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『週刊サッカーダイジェスト』『サッカー批評』『Soccer KOZO』のほか、東京ローカルのサッカー情報を伝える『東京偉蹴』など。著書に、東京ヴェルディの育成組織にフォーカスしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)がある。

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