日本はいかにして競泳大国になったのか? 〜北島康介とその時代〜

小川勝

アテネで北島2冠を筆頭に8個のメダル獲得

北京五輪の男子メドレーリレーで銅メダルを獲得し、チームとしての力を発揮した 【写真は共同】

 04年のアテネ五輪では競技開始から2日目に男子100メートル平泳ぎの決勝が行われ、日本競泳陣の中で、北島が最初のメダル、それも金メダルを獲得した。その日の夜、平井コーチは、コーチ・ミーティングで、100メートルに関して北島に授けた戦略を、すべて明かしたという。レース前の調整、レース展開にまつわる戦略、そうした情報は、平泳ぎ以外の種目にも応用できる面がある。北島と平井コーチの、こうしたオープンマインドな姿勢が、チームの一体感をさらに高めた。

 結果的に、アテネ五輪では、北島以外に200メートルバタフライで山本貴司が銀、100メートル背泳ぎで森田智己が銅、男子400メートルメドレーリレーで銅、女子の方でも800メートル自由形で柴田亜衣が金、200メートル背泳ぎで中村礼子が銅、200メートルバタフライで中西悠子が銅と8個のメダルを獲得、これは1936年ベルリン五輪で11個のメダルを獲得して以来の成功だった。

 またメダリストだけでなく、奥村幸大(100メートル自由形)、松田丈志(400メートル自由形)、永井奉子(200メートル自由形)、田中雅美(200メートル平泳ぎ)といった選手は、4月の日本選手権で出した自分のタイムを、8月の五輪では上回る記録で泳いでいる。アトランタ五輪当時と比べれば、本番で力を出し切れる選手が増えたことは間違いなかった。

北京で見せたチームワークの力

 08年北京五輪で、個人種目のメダルを獲得したのは北島、松田、中村礼の3人だけで、北島と中村礼は連続メダルだったから、メダリストだけを見れば停滞しているように見えたが、メダル獲得のレベルではない中で、よく力を発揮できた選手がたくさんいた。藤井拓郎(100メートルバタフライ=6位)、高桑健(200メートル個人メドレー=5位)、上田春佳(200メートル自由形=準決勝進出)、北川麻美(200メートル個人メドレー=6位)といった五輪初出場の選手たちが、日本選手権で出した記録を上回る、自己ベストを五輪でマークした。

 北京では、銅メダルを獲得した男子400メートルメドレーリレーの選手選考に関連して、日本代表チームの協力体制を象徴する出来事があった。メドレーリレー4種目の中で、第1泳者の背泳ぎだけ、決勝を泳ぐ選手が、北京入りしたあとも決まっていなかった。100メートルの背泳ぎには、前回大会で銅メダルを獲得した森田と、初出場の宮下純一が出場していた。森田は準決勝で敗退したもののタイムは53秒95で、宮下は準決勝で53秒69を出して決勝に残ったが、決勝でのタイムは53秒99で8位だった。コーチ陣は北京入りして以降の状態から、最終的に宮下を選んだ。森田はアテネ五輪の100メートル背泳ぎの銅メダリストであり、メドレーリレーでも銅メダル獲得に貢献した経験があった。外されたことは、悔しかったに違いない。

 こういった時、森田と宮下の関係がぎごちないものであれば、宮下も森田の不満を感じ取って、精神的に苦痛を感じたまま、レースに向かわなければならなかっただろう。
 しかし、第1泳者が宮下に決まったあと、森田の見せた態度が、リレーチームの雰囲気をさらによいものにした。自分が出場しないと決まると、森田はビデオ係など、裏方の仕事を黙々とこなした。そして、取材に対しても「レースに出ない人間が、できることで協力するのは当然のこと」と語って、競泳日本代表チームの精神を、身をもって示したのである。
 自らのプライドを脇において、レースに出る選手のために働く。こういった行いを当然とするチームであれば、試合に出る選手は「チームメートのためにも全力を尽くそう」という闘志が湧いてくるし、試合の重圧を、チームメートと分かち合っているという実感を持つことができる。「個人で戦うのではなく、チームで戦う」とは、こういうことだったのである。

ロンドンでは2大強豪国に迫れるか?

 現在、世界の競泳地図は、米国とオーストラリアが2大強豪国で、これに続くのがフランス、英国、中国、ロシア、そして日本だ。この7カ国を、世界の競泳強豪国と呼んでいいだろう。
 国際水泳連盟に加盟している国と地域は200を超えているが、北京五輪の競泳全メダル104個のうち80個を、この7カ国が獲得している。リレー種目は男女で合計6種目あるが、このメダル18個のうち、女子4×100メートルフリーリレーでのオランダの金以外は、すべて上記の7カ国が獲得している。

 ロンドン五輪でも、この7カ国がしのぎを削るだろう。競泳日本代表チームは28人。初出場の選手が多く、久々に高校生代表が4人という、北京五輪から大きく世代交代したチームになった。

 北島は、ロンドンで競泳史上初の3大会連続2冠に挑む。アテネ五輪のあと、日体大を卒業してからは、スポンサーの支援で水泳に専念できる「プロスイマー」としてやってきた。その間、水泳選手のステータスを、彼が向上させてきたことは間違いない。
 その北島を中心に、ロンドン五輪で日本の競泳陣が米国、オーストラリアの2大強国に迫り、世界的な地位の向上につながる活躍を、見せることができるか。注目したい。

<了>

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著者プロフィール

1959年、東京生まれ。青山学院大学理工学部卒。82年、スポーツニッポン新聞社に入社。アマ野球、プロ野球、北米4大スポーツ、長野五輪などを担当。01年5月に独立してスポーツライターに。著書に「幻の東京カッブス」(毎日新聞社)、「イチローは『天才』ではない」(角川書店)、「10秒の壁」(集英社)など。

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