夢より深く=シリーズ東京ヴェルディ(4)=混戦J2 3位で折り返し、いざ後半戦へ

海江田哲朗

川勝監督が追い求めるものとは

現実を見据えながらも理想を追い求める川勝監督。迎える後半戦、しびれる勝負を期待したい 【写真:築田純/アフロスポーツ】

 川勝監督のシーズンオフのお楽しみである、ヨーロッパサッカー行脚の話をしてくれたことがあった。主にイタリアのセリエAのクラブを訪ね、トレーニングを見せてもらったり、一流の指導者に教えを乞うそうだ。

「観光気分ではないよ。自腹を切って行くのだから、何かを得て帰るのが目的。スタジアムに行き、最初は戦術的な部分を興味深く観察しているのだけど、そのうちプレーを見入ってしまい、注目しようと予定していた事柄をきれいに忘れちゃう。すっげえシュート。なんだあのドリブルのスピード。あんなところにパスが出たよ! 当たりの激しさ、ぎりぎりの勝負の連続に思わず声が出るね。90分が短いよ。あっという間に終わる。それでいい気分のまま浮かれて帰る。サイコーでしょ?」

 サッカーの虫がサッカーをすっかり忘れる。それは夢のような至福の時間だ。ホテルに帰った後、冷静に試合を振り返り、要点を整理する。

 わたしはこう思うのだ。誤解を恐れずに言えば、川勝監督はサッカーの試合で勝ち点3が欲しいなんて、これっぽっちも思っちゃいない。勝利への執着は当然として、それで得るものがポイントだとは考えていない。先々を見越した勝ち点の計算なんて、しゃらくせえと思っている。

「日本サッカーに必要な指導者」

 勝ち負けの先に何があるのか。惜しむらくは注目を集めないJ2なのだが、この際関係ない。ピッチとスタンドが溶け合い、混然一体となった勝負の空間。地に足がつかないような浮遊感。巨大な光に包まれ、人々は自分の影を見失う。そうして、四の五の理屈をこねるやつ(例えば、わたし)は、言葉が意味を成さない世界にブッ飛ばされる。

 数ヵ月前、ライバルチームの選手から見た川勝監督に興味があり、日産自動車(現・横浜F・マリノス)で活躍した解説者の金田喜稔さんに話を伺ったことがあった。同じ1958年生まれだが、学年は金田さんの方が1つ上である。

「ケツ(川勝監督のニックネーム)はどこかで変わったんだよ。京都商業、法政大、読売クラブ、それぞれでプレーしていた時代を知っている。そりゃあうまかった。ただ、才能に頼ってばかりで、おれにはどこかで力を抜いているように見えた。ところが、ある時からサッカーに命懸けで取り組むようになった。何があったかは知らん。そんな真面目な話をしたことがない。日本サッカーに必要な指導者だと思うね。あと、サッカー界で一番笑いのセンスがある。これ大事(笑)」

 これについて、川勝監督に身に覚えがあるかどうかを訊ねた。

「さあ、どうかね。30歳過ぎで引退して、しばらくサッカー界から離れた時期がある。好きだったデザインの勉強をしたり、空いた時間を使って子供にサッカーを教えていた。チーム登録もされてない少年団。そこには指導者のエゴや、自分の名前を売ってやろうという顕示欲は存在しない。サッカーってこんなスポーツなんだよ。こういうこともあるんだよと教える。自分が変わったとしたら、あの時期かもしれない。一時はサッカーに嫌気がさしたのだけど、いつか自分はまた戻るんだろうなと徐々に思い始めた。また、解説者の仕事をしながら、1つのプレーに関し、安易な評価を下しがちな風潮にあらがいたい思いもあった。ただのパスミスに見えて、実は3つの選択肢があり、その中から1つを選び取ったのには明確な意図がある。単なるミスとして処理するのではなく、専門家は裏側にあるものをきちんと伝える責任があるんだよ」

 指導者としての現場復帰に口さがない人は「現役生活が不完全燃焼だったからでしょ?」と言ってきたが、「ハイハイ」と軽くあしらっておいた。何をもって完全燃焼とするのか。基準などなく、やり尽くしたかどうかは自分以外に分かるものか。ただ、一度は捨てたつもりのサッカーを、再び追求したいと情熱が湧き上がったのだ。

リミッターを振り切った戦いを

 東京Vはこのような人が2年半の歳月を費やし、作り上げようとしているチームである。もちろんチーム作りは道半ばで、洗練されていない部分を残す。試合後の記者会見で「今日の前半は選手たちが寝ていた」と川勝監督から聞いた時は(一度ではない)、「ちゃんと念を入れて試合前に起こしといてくださいよ」と思った。失点にグラつく弱さもまだ消えていない。

 しびれる勝負が続くだろう後半戦、川勝監督は現実と葛藤しながら、どうにかして観戦者を特別な空間に引っ張り込もうとするだろう。選手たちには切迫した状況でこそ力を発揮できるように仕向けてきた。リミッターを振り切った先にあるのは、一切の飾りを取っ払った生身の人間による戦いだ。

 わたしはそれが見たい。

<了>

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著者プロフィール

1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディを中心に、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『週刊サッカーダイジェスト』『サッカー批評』『Soccer KOZO』のほか、東京ローカルのサッカー情報を伝える『東京偉蹴』など。著書に、東京ヴェルディの育成組織にフォーカスしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)がある。

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