完成に近づく、笑顔のトリプルアクセル=四大陸選手権で見せた浅田真央の進化

青嶋ひろの

環境が許したトリプルアクセルへの挑戦

四大陸選手権で2位となった浅田真央。トリプルアクセルは回転不足の判定を受けたが、その後の演技はまとめた 【Getty Images】

 ショートプログラムのトリプルアクセルは、両足着氷。
 フリーではうまく着氷したかに見えたものの、惜しくも回転不足の判定。
 なかなか試合で成功できないトリプルアクセルに、ショートでもフリーでも挑み、優勝を逃してしまう――。
 そんな状況だけを考えれば、ここ数シーズンと何も変わらない。
 しかし四大陸選手権。見守る側の受け止め方も、浅田真央本人の気持ちも、昨シーズンまでとはまったく違っていた。
 まず今大会、報道陣は以前のように、「なぜまた無理をしてトリプルアクセルに挑んだのか?」という質問を、本人や佐藤信夫コーチに向けることはなかった。そして試合後の浅田真央の表情にも、まったく悲壮感がない。ショートでもフリーでも、取材エリアに現れた彼女の表情は、こちらが「お!」と驚くほどさっぱりとして明るく、言葉も前向きだった。

 その原因は、二つ。一つは公式練習でも6分練習でも、気持ちの良い、そして気圧の低い高地ならではの素晴らしい高さのあるトリプルアクセルを、何度も着氷していたから。「全日本の前までは、なかなか回転不足が直らなくて、試合で入れても意味がない、という状態でした。でもその後は何度も何度も練習して、だいぶ回るようになったかな。そしてコロラドに来たら、急にちゃんと回転できるようになったんです! これを跳べたらちゃんと得点がもらえる、というジャンプになって、信夫先生からも『まだ試合でやってはいけないよ』の指示がなかった。『あ、跳んでもいいんだ! ようやく入れられるな!』『きっと試合でもできる!』って思ったんです」
 にこやかに語る様子からも、ずっと苦しんできた佐藤信夫コーチの下でのジャンプの再構築が、少しずつ完成に近づいていることがうかがえる。特にショートプログラムの6分練習で跳んだトリプルアクセルは、かつて見たことのない、女子のジャンプとは思えないほどの大きさ! 当地の子どもたちは「ワーオ! トリプルアクセル!」と大喜びだった。これだけ練習でいいジャンプを跳べているのなら、試合で挑むことに何の疑問もない。むしろ、試合で挑むその瞬間を、わくわくしながら待ってしまったほどだった。

「呪縛」からの解放

 そしてもうひとつは、今の浅田真央はバンクーバー五輪シーズンとは違い、たとえトリプルアクセルに失敗してもルッツやサルコウなどで得点を得られる選手になっていることであり、さらに、ほかのエレメンツも演技も、トリプルアクセルに引きずられることなく、気持ちを切り替えてプログラム全体を完成させる姿勢を、彼女が見せていたことだ。

 ショートプログラム、「シェへラザード」は、身体も心も軽やかな「お姫様ではなく真央自身」を舞い、笑顔で踏んだストレートラインステップでは大喝采を浴びた。フリー「愛の夢」は、伸びのあるスケートが音楽に寄り添うようで、ただ美しいだけでなく、少し愁いの含んだしぐさや表情で会場を魅了した。
「プログラムを滑るときは、強い気持ちと力強いスピードがあれば大丈夫、と思っています。信夫先生も、いつも練習から『スピード!』って声をかけてくれる。今回のフリーでも先生の声を聞いて、『スピード!』って思い出しながら滑ったんですよ。それから先生は、『笑顔を忘れないで』っていつも言うので、今日も笑顔で(笑)」
 もうトリプルアクセルばかりにこだわり、跳べないことで暗い表情を見せてしまう浅田真央はいない。かつて、プログラムをどう表現したいかを問うても、「ジャンプを跳べなければ、何も始まらないです」などと、演技内容を語れなかった浅田真央もいない。
 試合での完璧な成功は、まだない。しかしそれより先に、浅田真央は「トリプルアクセルの呪縛」から解放された――そんなことを確信できた、うれしい四大陸選手権だった。

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著者プロフィール

静岡県浜松市出身、フリーライター。02年よりフィギュアスケートを取材。昨シーズンは『フィギュアスケート 2011─2012シーズン オフィシャルガイドブック』(朝日新聞出版)、『日本女子フィギュアスケートファンブック2012』(扶桑社)、『日本男子フィギュアスケートファンブックCutting Edge2012』(スキージャーナル)などに執筆。著書に『バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート 最強男子。』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』(角川書店)などがある

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