李忠成の楽しみ方=文字情報で見えてくる真の存在価値

平床大輔

情報が限られていた過去を想起させる存在

イングランド2部で奮闘する李忠成。情報は限られるが、断片的な情報を埋める作業もまた楽しみである 【Getty Images】

 サウサンプトンの公式ホームページをのぞくと、“LEE 19”とプリントされた赤と白の縦縞ユニフォームを掲げ、カメラのこちら側を見据える李忠成の姿を見ることができる。ごく自然にまとった闘争心が漂う、いい表情である。気負いや敵がい心は感じられない。フットボーラーとして戦う上で、何が必要で何が不必要か、そういう事を承知し、真に必要な持ち物だけで戦いに臨む顔、とでも言えばよいのだろうか。

 昨季サンフレッチェ広島で主力選手として活躍し、2011年アジアカップ決勝のオーストラリア戦では劇的な決勝弾をたたき込んで一躍時の人となった李忠成。彼は現在、イングランド南部の港町に本拠地を置き、チャンピオンシップに在籍するサウサンプトンFCに所属している。チャンピオンシップというと聞こえはいいが、2部リーグである。日本でのテレビ中継など、望むべくもない。この韓国にルーツを持つ日本代表ストライカーが、ユーラシア大陸の反対側で、フットボーラーとしてどのような格闘をしているのか知る上でわれわれに与えられたリソースは、わずかばかりの文字情報とちょっとした画像だけと、ひどく限られている。

 言うまでもないことだが、これは情報量として、フットボーラーという濃い人生を垣間見るだけだとしても十分でない。移籍決定、背番号は19、リーグ戦もカップ戦に続き途中出場でデビューを飾る、など、いわば点のような情報のみが散見される中で、後は想像力でもってその点と点の間を線で結ばなくてはいけない。今の李忠成は、この行間を埋めるかのような作業が楽しい。

ビジョンをとらえる想像力をファンの側に問うている

 古来、越境するフットボーラーについて、ファンへ与えられた情報はかなり限定的であった。それが、衛星通信やファイバー網の発達により、本場欧州で行われる注目度の高い試合や、日本人選手が出場する試合はライブで中継されるのが当たり前になった。しかし、越境フットボーラーの情報が限られていた世の中にあって、それら選手の存在は今とは比較にならないほど、崇高なものだったのではなかろうかと推測するのである。そして、その越境フットボーラー的ノスタルジアを疑似体験させてくれるのが李忠成なのである。

 つい先日、開高健がその晩年に書いたエッセイの中で、現代人はテレビや映画といった実際的な映像に頼りすぎており、文字から立ち昇ってくるビジョンをとらえる想像力に欠けると、苦言を呈しているのを読み、ふうんそんなものかねえ、と何となく首肯(しゅこう)してみたりしたのだが、今の李忠成はまさにそれである。ビジョンをとらえる想像力をファンの側に問うているのである。同じチャンピオンシップのレスターに在籍していた阿部勇樹が帰国(※浦和に移籍)した今となっては、イングランド・フットボール界における文字情報オンリー男として非常に貴重な存在である。

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著者プロフィール

1976年生まれ。東京都出身。雑文家。1990年代の多くを「サッカー不毛の地」米国で過ごすも、94年のワールドカップ・米国大会でサッカーと邂逅(かいこう)。以降、徹頭徹尾、視聴者・観戦者の立場を貫いてきたが、2008年ペン(キーボード)をとる。現在はJ SPORTSにプレミアリーグ関連のコラムを寄稿

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