K−1王者からボクシングへ=藤本京太郎インタビュー

茂田浩司

すでにプロ2戦目や海外修行の予定も

すでに海外修業プランも進行中だ 【茂田浩司】

――今後、海外修行の計画もあると聞きました。

藤本 それは萩森さんが決めているんで。

萩森マネ 2戦目の後に。

――えっ、もうプロ2戦目とその後のプランもあるんですか!?

藤本 僕はいつも決まった後で聞くんで(笑)。萩森さんに任せてます。

萩森マネ まずオーストラリアからですね。OPBF(東洋太平洋)の重量級ランカーはほとんどオーストラリアなんで、どの程度強いのかをスパーリングで試して。

藤本 恐いんで泳いで帰ってくるかもしれないですけど(笑)。

萩森マネ そこで歯が立たないなら一旦帰ってまたじっくりやって、もしだいたい大丈夫そうならカナダ。そういう感じでいろいろ考えてますよ。カナダには今、小堀君(佑介。元WBA世界ライト級王者)がいて、トレーナーをやってるんですよ。

藤本 小堀さんとは一回も会ったことないんですけど、向こうで会う感じになるかもしれないです(笑)。

萩森マネ 今回も小堀君のジムからスパーリングパートナーを派遣して貰う話もあったんですけど、ビザがちょっと間に合わないんでやめちゃったんですけどね。

――凄いなあ! もうしっかりと道は出来てるんですね。

藤本 出来てます。これだけ言って貰って僕、日本が大好きなんですけど(笑)海外、ちょっと行ってきます!

――よかったですね。今年は試合の機会もなくて、進む道が無いと思ってたら、ちょっと横を見たら凄く立派な道が出来てたという。

藤本 でも萩森さんに話を貰った時点でそんな道があるとは全然思わなかったですから(苦笑)。ボクシングに来て誰も相手にしてくれないと思ったら、萩森さんが色々と記者会見をしたりしてくれるんで本当にありがたいですよ。

――ホントですよ。萩森さんがマメにリリースを送ってくれてボクシングと格闘技の両方からマスコミが集まるから、角海老ジムは記者で溢れるわけですよ(笑)。

藤本 あと、これでもし僕が28、29歳ならボクシングやってないし、今年は「格闘技を辞めようかな」と思ったこともありますし。違うことしても生きていけるかな、でもやっぱり格闘家として生きていくのがいいかなって。今からサラリーマンしたくないっすわ……。

目標は3つ――東洋太平洋を獲って、世界ランク入り、そして世界王座挑戦

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――ちなみに、一時期全日本プロレスで練習してましたけど、プロレスは水が合わなかったですか?

藤本 えっと、水が合わないことはなかったし、まわりの人は凄く良かったんですけど、これ、だいたい言うんですけど「プロレスは僕じゃなくてもいいな」と思ったんですよ。

――正直、長島☆自演乙選手は器用だから大丈夫だと思いましたけど、京太郎選手は対人関係が苦手そうで向いてないと思ってたので(笑)。道が見つかってよかったです。では、大晦日ですが、相手は14敗しながらもKO負けが2つだけという。

藤本 ちょっと妙な感じですよね(苦笑)。

萩森マネ 4回戦だったら0勝5敗みたいな選手もいないことはないけど6回戦だから。

藤本 B級でテストを受けちゃったんですよ……。

萩森マネ あまりにも弱い相手だとJBC(日本ボクシングコミッション)が認めないですよ。そこは頭の固いところかもしれないけど逆にボクシングの良さでもありますよね。

――そうですよね。

藤本 あ〜、全然動けないような相手かと思ってたら思った以上に出来る相手で(苦笑)。

萩森 映像を見たんですけど、相手は伊達にキャリアを積んでないですよ。ちゃんと上下の打ち分けをしないと。

藤本 準備期間があまりにもなかったんで、1カ月前はさすがに慌てて「やばいんじゃないか」と思いましたけど。でもやるべきことはやったし、後は試合でやるだけなんで。

――清田祐三選手(OPBF東洋太平洋スーパーミドル級王者)とのスパーでも5Rしっかりと動いてましたし、12月2日のプロテストの3Rとは全然変わってましたね。

藤本 プロテストはホントきつかったです(苦笑)。でも今は6Rやっても全然問題ないです。スパーでも左が前の3倍は出てるんで。

――楽しみですね。

藤本 よく「楽しみだね」って言われるんですけど、僕は全然楽しみじゃないですよ(苦笑)。だけど、どんどん集中してきて、ジャブを使ったり、K−1でのテクニックとか経験を生かせる部分もあると思うし。僕の中では目標は3つあって、東洋太平洋を獲って、世界ランキングに入って、世界タイトルをやりたい。そのためにも今回はどうしても勝ちたいし、テレビでやるんで内容も結果も両方ほしいです。やるしかないし、出来ると思うし、試合を見て一人でも元気に、熱くなってくれるように頑張ります。
■藤本京太郎
1986年6月23日、大阪府出身。3歳から空手を始め、06年にプロデビュー。09年、第2代K−1世界ヘビー級王者決定トーナメントで優勝し、日本人初のK−1重量級世界王者に。10年、ピーター・アーツにKO勝ちして初防衛に成功。11年10月、ボクシング転向を表明。同年12月にプロテストに合格しB級ライセンスを取得。ちなみにリングネームは「狂太郎レンジャー→強太郎レンジャー→前田慶次郎→京太郎」と変遷を辿り、ボクシングでは「2単語以上」のために本名の「藤本京太郎」に。
180cm、100kg。角海老宝石ジム所属。
京太郎オフィシャルブログ
http://ameblo.jp/kyotaman-freedom123/

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著者プロフィール

94年から週刊の情報誌でスポーツページを編集。野球、サッカー、NBA、テニス、F-1など様々な競技や選手を取材。96年からフリーに。99~02年「ゴング格闘技」編集ライター。現在は格闘技、お笑い、教育、健康、舞台・テレビ、政治・時事などを幅広く取材・執筆中。

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