中村憲剛というラストピース=日本代表 8−0 タジキスタン代表

宇都宮徹壱

「代表=ほぼイスティクロル」のタジキスタン

トップ下でスタメン出場した中村は7ゴールに絡む大活躍。本田の代役を見事に務め、勝利の原動力となった 【Getty Images】

「(今回のタジキスタン代表は)わたしが監督を務めるイスティクロルの選手が核となっている。代表合宿もそこのクラブで行った。わたしの戦術を理解しているメンバーなので、チームの意思疎通はとれている」(前日会見より)

 タジキスタン代表のラフィコフ監督は、昨シーズンの国内リーグチャンピオンである、イスティクロル・ドゥシャンベの監督も兼任している。シリアの失格により急きょワールドカップ(W杯)・アジア3次予選の繰り上げ出場が決まり、協会としては急いで新しい監督を決めて、3次予選に送りだすのに恥ずかしくないチームを結成する必要があった。そこで、国内リーグで結果を出しているラフィコフに白羽の矢を立てて、彼のサッカー観を共有している同クラブの選手が数多くピックアップされることとなった。

 今回のチームのメンバー構成については、指揮官の言葉を借りれば「イスティクロルが70%、レガールが20%、CSKAが10%」なのだそうだ。レガールは今季の首位を走るチーム。CSKAパミールは、本田圭佑が所属するCSKAモスクワと同じく「陸軍中央スポーツクラブ」を意味し、旧共産圏の国々では陸軍と内務省がサポートするクラブは強豪として知られている。単独チームを核として、足りないところをほかのクラブから補完するチーム作りは、これまた旧共産圏では決して珍しい話ではない。最も有名なところでは、86年W杯・メキシコ大会に出場したソ連代表の主力選手の大半が、当時最強を誇ったディナモ・キエフのメンバーで固められていた。

 試みに、イスティクロルの公式サイトをのぞいてみたら、ラフィコフ監督とザッケローニ監督の前日会見がアップされていて、ほとんど「代表特集」のようになっていたのが興味深かった。旧ソ連の構成国家であり、ソ連時代のメソッドが今も息づくであろうタジキスタンにとり、今回の「代表=ほぼイスティクロル」というチーム作りは、あまり違和感がなかったものと思われる。余談ながら「イスティクロル」とはタジク語で「独立」を意味するのだが、イランの強豪クラブ「エステグラル」も同じ意味である。タジキスタンはキリル文字、イランはペルシャ文字を使用しているのだが、タジク語はペルシャ語から派生しているので語彙(ごい)の類似性は多い。そういえば両国の国旗も、かなり似ている。以上、中央アジアの奥深さを感じさせる閑話である。

ザッケローニ体制で初のスタメンとなった中村

 そんな、何かとロマンをかき立てるタジキスタン代表をホームに迎える、日本代表。だが、実力的にはFIFA(国際サッカー連盟)ランキングで100位以上も下で(最新ランキングは日本15位、タジキスタン124位)、メンバー構成についても上記の通り。わが方としては、確実に勝ち点3を確保するのはもちろん、できるだけ得点を挙げておきたいところだ。これは何もメンツやプライドだけの問題ではない。11月のアウエー2連戦(11日タジキスタン戦、15日北朝鮮戦)が、いずれも慣れない土地での過酷な試合になることを考えると、その前に勝ち点を7まで積み上げておきたいからだ。3次予選突破のボーダーラインは「10」と言われている(前回大会の3次予選で10ポイント以下で突破できたのは10チーム中UAE=アラブ首長国連邦=のみ)。そう考えると、今回の大阪・長居での戦いは、ずっしりとした重みを持つ。

 4日前のベトナム戦では、さまざまなテストを試みたザッケローニ監督だったが、軸となる部分がないままシステムやメンバーをいじりすぎて、結果として収穫の少ない試合となってしまった。いくら相手の実力が劣るとはいえ、今回は慣れたポジションとベストのメンバーで臨むことは、戦前から確実視されていた。果たして、この日のスターティングイレブンは、このようになった(システムは4−2−3−1)。GK川島永嗣。DFは右から駒野友一、吉田麻也、今野泰幸、長友佑都。中盤はボランチに遠藤保仁と長谷部誠、右に岡崎慎司、左に香川真司、中央に中村憲剛。そして1トップには、ハーフナー・マイク。ハーフナーはこれが初スタメンである。

 とはいえ、それ以上に注目すべきは、やはり中村であろう。最後に代表のスターティングメンバーに名を連ねたのは、昨年のW杯直後に行われた対パラグアイ戦。ただし、この時に指揮を執っていたのは原博実技術委員長だったので、ザッケローニ監督になってからは初めてのスタメン起用となる。もっとも、右足親指付け根の骨折がなければ、9月の3次予選2試合で中村に出番があった可能性は十分に考えられる。結局、背番号14のチーム離脱により、トップ下のポジション(すなわち本田の代役)に柏木陽介や長谷部が起用されるという試行錯誤が、ぶっつけ本番で行われることとなった。指揮官にとっての中村は、まさに1カ月間求めてきた「ラストピース」だったのかもしれない。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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