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「特別な試合」で安藤美姫が成し遂げたもの
世界フィギュア・女子シングル

日本への思いを感じ続けた1週間

オープニングセレモニーではリンクに日の丸が映し出され、東日本大震災の犠牲者を哀悼して黙とうがささげられた
オープニングセレモニーではリンクに日の丸が映し出され、東日本大震災の犠牲者を哀悼して黙とうがささげられた【坂本清】

 フィギュアスケートの世界選手権が、ここまで色濃く社会的な色彩を帯びるのは、おそらく初めてのことだろう。東日本大震災と福島原発の事故の影響で、東京での開催が中止となって約1カ月。代替の開催地として世界の6カ国が名乗りを上げ、最終的にモスクワに決定。モスクワ市とロシアのスケート連盟は、3週間という短期間でシーズン最大の国際大会を準備するという離れ業をやってのけてしまう。開会式では日本をイメージした演出で、復興への道にあたたかいエールも送ってくれた。


 世界各国の選手たち、報道陣、そしてスケートファンの日本への思いも、常に感じ続ける1週間だった。毎日のように各国の記者たちから今の日本の様子を尋ねられ、「早くまた、日本で大きな国際大会ができるようになるといいね」と、東京大会の中止を惜しむ声を聞いた。


 選手、元選手たちも一様に「世界で一番スケートを愛してくれる国」を、気づかう発言をする。フィリップ・キャンデロロ(フランス)やステファン・ランビエール(スイス)など、日本で高い人気を誇るスケーターたちから、日本で開かれた国際大会にいい思い出があるという若手選手まで。なかには、ともにジュニアグランプリファイナルの表彰台に立ったライバル、羽生結弦(東北高)が仙台在住であることを知っていて、彼の練習環境を心底心配してくれるロス・マイナー(米国)のような選手もいた。

“いつもと違う大会”を誰より感じていた日本選手

 そんな状況のなか、誰よりも通常の世界選手権とは違う空気を肌で感じていたのは、日本の選手たちではないだろうか。始まったのは、一度中止になったことで、日本でも大きな話題になっている大会。フィギュアスケートは、現在の日本では指折りの人気スポーツで、試合の視聴率も高い。毎年の世界選手権以上に、自分たちにメダル獲得が期待されていることを彼らは感じていただろう。


 大会期間中、多くの日本選手が、自分たちが被災地のために何ができるかさまざまなことを考えた、と語った。海外の選手仲間には日本を心配する声を盛んに掛けられ、国内外の記者たちからは、震災に関連した質問をたくさん受けた。おそろいのワッペンや喪章を常につけて、人前に立ち続けた。


 だからストレートに語る選手ばかりではなかったが、代表8組10選手、誰もがこの世界選手権で活躍をすることが、自分たちにできる、自分たちのなすべき最大の役割だということを感づいていたのだと思う。

 スケジュール変更によるピークの持って行き方の難しさは、出場する選手誰もが同じではあった。しかし国の期待をいつも以上に背負うという点では、どの国の選手よりも日本代表たちがきつかったはずだ。

自分たちの役割をまっすぐに語った安藤

練習で調子が上がらない中、震災についてや自分たちの役割ついてはまっすぐに気持ちを語った
練習で調子が上がらない中、震災についてや自分たちの役割ついてはまっすぐに気持ちを語った【坂本清】

「3月には、福岡で行われたチャリティ演技会に出させていただきました。その時にたくさんの方が募金をしてくださって……。それは、フィギュアスケートが日本でナンバーワンに近い人気スポーツだから、色々な人が関心を持って見に来てくれて、お金も出してくださるんだ、とよくわかったんです。そんな、スポーツ選手にこそできることもあるんだなあ、と」


 10人の代表のなかで、安藤美姫(トヨタ自動車)は誰よりも、震災に関するコメントをストレートに口にした選手だ。幼いころに父親を交通事故でなくし、家族を失うことのつらさを知っているゆえでもあるだろう。3月の福岡でのチャリティに続き、世界選手権後にはロシア西部のサンクトペテルブルクに飛び、やはり日本のためのチャリティ・アイスショーに参加するという。日程が重なって出られない愛知県でのチャリティ演技会に関しても、この時期に空いているリンクをアテンドするなど、積極的な協力をしている。


 今回の世界選手権で課せられた自分たちの役割についても、毎日臆することなく語ったのは安藤美姫だ。


「どんな状況でも、これが世界選手権であることに変わりはありません。でも日本チームにとって、自分にとって、やはり今回は特別な試合なんだ、と思っています。少しでも多くの人に自分のスケートを見ていただいて、落ち込んでいる皆さんの元気が戻って来てくれればいいな、と……」


 調子がなかなか上がらず、伏し目がちに語ることの多かった試合前も、その考えを伝えるときだけは、しっかり私たちの目を見て言葉をつなぐ。23歳の思いは、こちらがハッとするほどまっすぐで、このうえもなく純粋だった。

青嶋ひろの

静岡県浜松市出身、フリーライター。02年よりフィギュアスケートを取材。昨シーズンは『フィギュアスケート 2011─2012シーズン オフィシャルガイドブック』(朝日新聞出版)、『日本女子フィギュアスケートファンブック2012』(扶桑社)、『日本男子フィギュアスケートファンブックCutting Edge2012』(スキージャーナル)などに執筆。著書に『バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート 最強男子。』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』(角川書店)などがある

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