ありがとう、藪! 阪神低迷時代を支えたエース=プロ野球ニュース通信簿 Vol.36

山田隆道

先週の五つ星ニュース「藪が現役引退を表明 阪神2軍コーチ就任へ」

 12月7日、東北楽天を戦力外となった藪恵壹投手が現役を引退し、来季から阪神の2軍投手コーチに就任する意思を固めたことが分かった。ウインターミーティングを開催中の米フロリダ州レークブエナビスタで、藪は阪神からの要請を認め、「現役へのこだわりはあるが、コーチとしてサインすればなくなるでしょう」と述べた。藪は阪神での11年間で84勝106敗。米大リーグでは2005年にアスレチックス、08年にジャイアンツに所属し、通算7勝6敗。

阪神ファンの一人として特別な思い入れがある投手

 阪神ファンの僕としては、特別な思い入れがある投手だ。1993年ドラフト1位で阪神に入団した藪。今でこそ毎年優勝争いに加わる強豪チームとなったが、90年代の阪神といえば毎年最下位ばかりが目立つ長期低迷時代の真っただ中であり、そんな不遇の時代にあって、藪は毎年安定した投球回数を投げる貴重な先発完投型の本格派右腕だった。
 94年のルーキーイヤーにいきなり9勝を挙げ、見事セ・リーグ新人王を獲得した藪。以降もエースナンバー「18」を背負い、低迷する阪神の若きエースとして96年から98年まで3年連続2ケタ勝利を記録した。あの頃、僕にとって藪は数少ない猛虎の誇りだった。速球派が少なかった当時の阪神投手陣にあって、藪のストレートは常時140キロ台を計測。たったそれだけのことで、僕は藪のピッチングにいちいち胸を躍らせていた。

 加えて、無駄のない正統派の美しいピッチングフォームと織田裕二似と評されたルックス、そして何より、当時巨人の4番だった清原和博に対して死球もいとわない姿勢で内角を厳しく突く強気のピッチング。藪には荒々しい猛虎のエースという雰囲気があった。人気もあった。華もあった。藪は間違いなく、90年代の阪神を支えた主役の一人だった。

もし藪が現在の強力阪神打線を味方に投げていたら?

 しかし、その一方で藪は負け数もすごかった。ルーキーイヤーこそ9勝9敗だったが、2年目以降の95年から2000年まで、なんと6年連続で2ケタ敗戦を記録。ちなみに負け数は13、14、12、10、16、10。特に99年は6勝16敗という大幅な負け越しである。
 中でも僕がもっとも印象に残っているのは95年の藪だ。この年の藪は27試合に登板して7勝13敗と大きく負け越したものの、防御率は実に2.98、完投数7、完封数2、投球回数196回と、ここだけ見れば立派なエースの数字である。つまり、当時の阪神は打線が弱かったため、藪がどれだけ好投してもなかなか援護点に恵まれないところがあり、その結果、防御率のわりに勝ち星が伸びないという不遇の事態を招いていたわけだ。
 確かに藪が投げているときの阪神打線は特に打てなかった記憶がある。これはただの巡り合わせの問題なのか、それとも相手チームのエース級投手と投げ合ってばかりいたからか、いずれにせよ藪が先発した試合は3、4点勝負のロースコアな展開が多かった。

 また、藪は6回ぐらいまで目が覚めるような好投をしていても、7回に何の前触れもなく突如乱れ、あっという間に大量失点してしまうという、不思議な現象が多い投手でもあった。そのため、当時の一部評論家からは「勝負弱い投手」「メンタル面に問題あり」などと厳しく評されることもあったが、僕としてはどこか藪に同情的だった。
 毎試合相手エースと投げ合うだけでなく、味方打線も弱かったのだ。わずかな失点で負けを覚悟し、集中力が乱れてもおかしくないだろう。もし、あの頃の藪が現在の強力阪神打線を味方にしていたら……。そんな不毛な“たられば話”が、いまも頭から離れない。

藪の引退試合をぜひ甲子園で!

 後年の藪は、ご存じの通り04年オフにFA宣言で米大リーグに移籍し、近年は海の向こうで活躍していたが、ことし7月に日本球界の東北楽天に復帰した。いつのまにか40歳を超える大ベテランとなっていた藪。そのピッチングを見ていると、着ているユニホームは違えども、90年代のさまざまな思い出がよみがえってきて、僕は感慨深い気持ちになったものだ。

 そんな藪も今季限りで現役を引退するという。今はとにかく「お疲れ様でした」とだけ言うべきなのかもしれないが、そこに一言だけ付け加えさせてもらえるとしたら、「本当に好きなピッチャーでした」と伝えたい。もし契約が順調に進めば、来季は2軍投手コーチとして再び阪神のユニホームに袖を通す藪が見られそうだ。うわあ、嬉しいなあ。

 90年代の阪神低迷時代を支え続けた不遇のエース。
 あの頃、僕は藪にたくさんの夢を見た。たくさんの感動と喜び、歯痒い思い出をもらった。今でも縦じまの背番号18は藪が一番似合っていたと断じて揺るがない。阪神さん、来年のオープン戦で藪の引退試合を甲子園で開催するのはいかがでしょうか?

<了>
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

作家。1976年大阪生まれ。早稲田大学卒業。「虎がにじんだ夕暮れ」「神童チェリー」などの小説を発表するほか、大の野球ファン(特に阪神)が高じて「阪神タイガース暗黒のダメ虎史」「プロ野球むしかえしニュース」などの野球関連本も多数上梓。現在、文学金魚で長編小説「家を看取る日」、日刊ゲンダイで野球コラム「対岸のヤジ」、東京スポーツ新聞で「悪魔の添削」を連載中。京都造形芸術大学文芸表現学科、東京Kip学伸(現代文・小論文クラス)で教鞭も執っている。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント