2010年シーズンの終わり、そして始まり=東京ヴェルディの土壇場勝負4(終)

海江田哲朗

「来年も今の取り組みをしっかり続けたい」

今季就任した川勝監督は、結束力の強いチームを作り、躍進の大きな原動力となった 【写真:アフロ】

「一時は0−2になったが、そこから同点に追いつき、決定機も3、4回は作った。選手たちは憶病にならず前に出て、点を取りにいってくれた。最後は相手のスーパーゴールです。昇格の可能性はゼロになったけれど、誇らしい気分。応援してくれたサポーターにも感謝したい。こういった大きなものが懸かった試合を落とすと勝負弱いとよく言われるものですが、その考えにはくみしません。そんな簡単な言い方は選手に対して礼を失している。勝負はこんなものですよ。もしその点を聞きたいというなら、この場でわたしが選手の代わりにすべて答えましょう」
 と、川勝監督は記者会見室を見渡した。また、この試合でも発揮された驚異的な粘り腰については、こう話した。

「選手の持っている力に加え、支えてくれるサポーター、スポンサー企業、存続のために動いてくれた人々、すべてに感謝してプレーできている。それがチームワークの源であり、失点してもあきらめない強さにつながっていると思います。試合前のミーティングで話したのは、1パーセントの可能性でも100パーセントの力でプレーすること。1人でも応援してくれる人がいるなら、先日の千葉戦のように2万5000人の前と同じようにプレーする責任があること。全員がその考えをきちんと理解し、ピッチで表現してくれました」

 部屋を出た川勝監督の前に、スーツに着替えた土屋が姿を現す。川勝監督は土屋の肩に手を置き、「いいゲームだったよ。やるだけやったもんな」とねぎらった。土屋は勝ち越しを逃した決定機の場面を振り返り、「抜け出した時、完全にオフサイドだと思っていて……」と小さく笑った。
 土屋の第一声は率直だった。
「まぁ、疲れました。互いの気持ちが激しくぶつかり合い、最後は向こうに転がってしまった。悔いは、ありますよ。本気で昇格を目指し、その可能性がさっきまであったのだから。今季、(経営危機など)ピッチの外で気になることがいろいろあったけれど、全力でサッカーをやって、ひとつずつ積み重ねてこられた。残り試合、そして来年も今の取り組みをしっかり続けていきたい」

強化の理想は入場料収入と選手人件費がイコール

 今年から、川勝監督と二人三脚で東京Vの強化にあたる昼田宗昭強化部長は言う。
「かれこれ10年くらいこの世界にいますが、今季のヴェルディのような結束力の強いグループを見るのは初めて。個々のいいところを引き出し、逆に足りないところを補って、チームになっていた。さらに、身びいきを抜きにして、やっているサッカーがおもしろい。仕事の立場を忘れ、自分の息子にこのサッカーを見せてあげたいと思ったものです」

 なお、昼田強化部長は営業担当部長も兼ねる。兼任がこの先も続くか未定だが、今のところ収入と支出を把握する財務のキーマンだ。以前、昼田強化部長に強化の持論を尋ねた時、次のような回答を得た。
「入場料収入と選手人件費をイコールで結ぶこと。現場から強く要求されても、入場料収入の見込みを超えるようなら我慢してもらう。今季はともに約1億3000万円で(選手人件費の内、期限付き移籍選手の負担分を除く)、実質的にはバランスが取れています。これが最も堅実で、間違いの起こらない方法です」

 わたしはこの方式に賛成だ。サポーターが仲間を増やせればチームに回せる資金が増え、減らせば大事な選手を放出することになる。何より、チームの強化において、周囲が結びつきを実感できるのがいい。現状、過去の経営陣が残した問題を引きずっている部分があり、今すぐ入場料収入で選手人件費を賄うのは難しいだろうが、将来的にはそうなっていくのが理想だ。

練習施設の問題は年内に結論

 10月29日の臨時株主総会で、代表取締役社長に選任され、今後も手腕を振るうことになった羽生英之社長は、来季の選手人件費は2億円と明らかにしている。来年、入場料収入をどこまで伸ばせるか、当面シーズンチケットの売れ行きがひとつの指標になる。

 福岡戦を終え、羽生社長はこう語った。
「残念な結果に終わりましたが、最後までやり切るスピリットがあり、見ている人に何かを感じさせてくれるチームになったと思います。ここまで若手の成長をうまく促し、チームを作ってくれた川勝監督に感謝です。サポーターの皆さんにはずいぶんご心配をかけましたが、来季に向けた体制を整えることができましたので、ヴェルディのファミリーとして協力関係を作っていきたい。苦しかった日々を忘れず、一緒に前を向いて、ね」
 最大の懸案事項である練習施設の問題は、現在も交渉中で決着していない。貸主のよみうりランドが歩み寄ってくれるか、それとも決裂か。遅くとも年内には結論が出る。

 12月4日、味の素スタジアムで行われる水戸ホーリーホック戦が今季のラストゲームだ。ひとつのシーズンが終わり、年が明ければまた新しいシーズンが始まる。一時はJリーグの開幕を傍観する“ただの3月”を想像し、ぞぞっと寒気がしたものだが、おかげさまでそうならずに済んだ。関係各位には深く御礼申し上げたい。つくづく、多方面に大きな借りを作ったものだ。
 そしていつか、わたしは、あの日博多の森で見たことを思い出すだろう。東のかなたに広がる、うっすら青みがかった夕闇の美しさを。ネイビーの絵の具を涙で溶いたら、きっとあんな色になる。負けちゃったけど、うちの選手は日本一かっこいいと自慢に思ったことを。いつの間にか、子どもに戻ったような気持ちでサッカーを見ていた。あれは久しく味わったことのない感覚だった。

<了>

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著者プロフィール

1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディを中心に、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『週刊サッカーダイジェスト』『サッカー批評』『Soccer KOZO』のほか、東京ローカルのサッカー情報を伝える『東京偉蹴』など。著書に、東京ヴェルディの育成組織にフォーカスしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)がある。

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