もしあなたのクラブがなくなったら=東京ヴェルディの土壇場勝負

海江田哲朗

渡貫「とにかく、お金さえ集められれば、みんなに分かってもらえる」

生え抜きの高木兄弟ら、有能な若手を育ててきた育成組織はどうなってしまうのか 【Photo:北村大樹/アフロスポーツ】

 一方で、支出面は当初の事業計画からオーバーしていた。なかでも人件費は設定した枠から1億円強もはみ出した。
「何とかしようとしたが、それぞれの現場の実情を考慮しながら進めると枠内に収められなかった。いくらコストカットしようにも、これ以下では体制を維持できないというラインがある。一部、優遇されているとやっかまれた人も、かなり譲歩してもらい金額を抑えているんです。実際とは違う数字が悪いうわさとなって内外に広まってしまった。もちろん、判断する人によって高すぎる、あるいは低すぎるという見解の相違はありますがね。それでも、収入に見合ったものにするためには、全体的にもう2段階くらい切り詰めなければいけなかった」(渡貫)

「とにかく、お金さえ集められれば、みんなに分かってもらえる。さまざまな問題は解決に向かう。人件費の超過も帳尻を合わせてみせる。それだけを考えていました。本当は良くなかったのだろうけど、いっそほかのことは後回しでも構わないと。それくらい余裕がなかった」
 そう振り返る渡貫の顔には、疲れの色が浮かぶ。過去、さまざまな企業で取締役を務め、ITバブル華やかなりしころは大きなカネを右から左に動かしてきた。サッカー界での仕事は勝手が違ったか。
「こんなにお金で苦しんだことはなかった。クラブの一体感を作れなかったこと。Jリーグから確約書や合意書を取り交わすことを求められ、時にはそれが(周囲に危うい印象を与え)営業面で支障を来たしたこと。結局、すべて自分たちがそうさせてしまったんです。早期に結果を出して信頼を得られていれば、Jリーグから横やりを入れられることもなかったでしょう。あの日、辞任届を出したときからしばらく頭が真っ白でね。そろそろ次の何かを始めないといけないんですが、まだこれといって手がつかなくて。ただし、自分たちがやったことは後悔していませんよ。昨春、もし崔が手を挙げなければ、日本テレビは特別清算に動いていた。恥ずかしいことは何ひとつしていない。それでも失敗は失敗です。OBが力を合わせ、もう一度東京Vを復活させるんだという仕事は志半ばで終わった」

Jリーグが東京Vを経営するという異常事態に

 かくして、東京Vの経営権はJリーグに委ねられることになった。構造のいびつさ、異常性は衆目の一致するところだろう。本来、リーグの管理運営をする団体の役割を逸脱しており、これを正当化する理由を並べ、整合の取れた論理を組み立てるのは困難である。筋の通った正しさだけを追求するなら、とっくに答は出ている。自助努力で立ち行かなくなったクラブは退場するほかない。Jリーグ幹部は東京VHDを承認した責任を取り、シーズン中のクラブ数減によって生じる損益もリーグが引き受ければよい。いまなお東京Vの試合が毎週末観戦でき、まして引き継ぎ先のお世話までというのは過分な計らいだ。とはいえ、正しいことだけが人を幸せにするとは限らない。いかにも詭弁(きべん)である。さまざまな事情はさておき、現在の東京Vが経済の原理原則から離れた場所に存在しているのは確かだ。

 今季のJ2において、東京Vは懸命の戦いを続けている。派手さはないが、とにかく粘り強く、勝っても負けてもほとんどの試合がきん差の争い。9位のポジションは、コストパフォーマンスの観点からすると相当に優秀だ。就任1年目の川勝良一監督は着実にチームのベースを築き上げつつある。しかし、観客動員数が振るわない。直近のホームゲーム、7月25日の徳島ヴォルティス戦は2512人という少なさだった。観客動員数はそのクラブの価値に直結するバロメーターだ。この数字では、どうぞきれいにしちゃってくださいと言っているようなものである。
 だが、先日のアディダスカップ2010日本クラブユースサッカー選手権(U−18)では東京Vユースが優勝するなど、育成組織には将来の有望株が数多い。中でも高3の世代は、東京都の育成年代の指導者が「都の精鋭たちがそろいもそろって集まった。一体どんな手を使ったのか」といぶかしがるほどだ。自前で育てた選手たちが成長し、やがてトップチームが強くなっていく過程を楽しむなら、いまが絶好のタイミングと強調しておく。

 もし自分の、自分たちのクラブがなくなったら――。思いもしない環境に身を置き、知らない自分と出合う。クラブの消滅は、そこを寄る辺に生きる人にとってひとつの生き方の喪失だ。たとえば、わたしは東京Vの取材をライフワークとする。ある人にとってはゴール裏で声を枯らして応援するのが生きがいだ。自分なりに試合を分析するのが好きな人もいよう。わたしは計量主義者ではないから、こっちとあっちの重さを比べようとは思わない。そこにクラブがあることは誰にも等しく重要だ。

 次回以降、新経営陣の舵取りの様子や周辺の動きをお伝えする。

<この項、了>

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著者プロフィール

1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディを中心に、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『週刊サッカーダイジェスト』『サッカー批評』『Soccer KOZO』のほか、東京ローカルのサッカー情報を伝える『東京偉蹴』など。著書に、東京ヴェルディの育成組織にフォーカスしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)がある。

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