決勝トーナメント、かくあるべし=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(6月26日@ルステンブルク)

宇都宮徹壱

韓国、ウルグアイに健闘するも敗れる!

スタジアム近くのステーキ屋で出会った米国サポーター。この国にも確実にサッカー文化は根付き始めている 【宇都宮徹壱】

 大会16日目。この日からノックアウト方式による決勝トーナメントがスタートする。16時からはポートエリザベスでウルグアイ対韓国が、そして20時30分からはルステンブルクで米国対ガーナ。私たちのグループは、グループリーグのような顔合わせの後者を取材することにした。実のところ米国とガーナは、前回のドイツ大会のグループリーグで対戦しており、その時は2−1でガーナが勝利している。

 ルステンブルクの会場、ロイヤル・バフォケン・スタジアムに到着後、近くのステーキ屋で遅い昼食を摂る。ここの店では、客が肉を買い、店のスタッフに焼いてもらうシステムになって、ちょっとしたバーベキュー気分が味わえる。すでに店の敷地には、星条旗を身にまとった米国サポーターが数人、談笑しながらビール片手に肉が焼けるのを待っている。この光景、どこかで見たことあるなと思ったら、去年初めてMLS(メジャーリーグサッカー)を取材した際の記憶がよみがえってきた。地元サポーターたちは、試合開始のかなり前から車でやってきて、まずはスタジアムの周囲でバーベキューを始める。そしてひとしきり肉を食い、ビールを飲んでから、ようやくスタンドに向かうのである。なるほど、これが米国流の観戦スタイルなのかと妙に納得したものだ。

 ふいに隣に並んでいた男が、私に話し掛けてきた。米国代表のレプリカを着ているが、顔立ちは東洋系だ。聞けば、サンフランシスコ出身のコリアン系米国人だという。私が日本人だと分かると、本田圭佑のことを大絶賛してくれた。あんな選手が日本にいたなんて知らなかった。どこでプレーしているんだ? チャンピオンズリーグでもFKを決めたんだって? パク・チュヨンもFKで決めたけど、本田のキックの方がもっと技術は高いね――などなど。「そういえば今日は韓国にとっても重要な一日ですね」と水を向けると、彼は「そうなんだよ」と大きくうなずきながら続けた。
「私の国籍は米国だが、民族はコリアンだ。だから今日は、どちらにも勝ってもらいたいね。そしてクォーターファイナルでは、ぜひとも米国と韓国が対戦してほしい。それが今大会の私の夢なんだよ」

 その後、プレスセンターのモニターで、激しい雨の中で行われたウルグアイ対韓国を観戦。グループリーグ無失点だったウルグアイに対して、韓国はイ・チョンヨンのゴールでいったんは1−1に追いついたものの、最後はスアレスのスーパーゴールに沈んだ。かくして「史上最強」とうたわれた韓国の2010年の冒険は終わった。最後まで、よくやり切ったと思う。その一方で、われわれ日本にとっては、これで韓国を超えるチャンスがめぐってきたことになる。29日の対パラグアイ戦には、8年前の日韓大会での悔しさ、そして唯一となったアジア代表としての誇りを胸に、国民レベルで臨もうではないか。

自分たちのスタイルを最後まで貫いた米国とガーナ

試合前、記者席から懸命に国旗を振るガーナ人ジャーナリスト。ガーナの勝利で、アフリカの夢はまだ続く 【宇都宮徹壱】

 今大会初の延長戦となった米国とガーナの一戦は、くしくも4年前と同じ2−1のスコアでガーナが勝利した。ただし4年前と比べれば、両者のスタイルがかなり熟成されており、はるかに見応えのあるゲームとなった。いろいろ書きたいことはあるのだが、あと1時間でプレスセンターを出て、これから2時間半かけてヨハネスブルクに戻らなければならない。ここはポイントを絞って、この日のゲームを振り返ることにしたい。

 あらためて、両者のスタイルについて整理してみる。
 米国のスタイルとは、攻撃も守備も集団で戦うこと、そして手数をかけずに縦へ縦へと前進していく姿勢である。とりわけそのコレクティブなサッカーは、世界で最も個人主義が強いと言われるかの国にあって、非常に特異に映る。少なくともここ10年、彼らはこのスタイルを一貫して変えることなく、強化を続けてきている。
 対するガーナは、守備は組織的で、攻撃は個の力を前面に押し出すスタイルだ。3−4−2−1という独特のシステムで、守備の時は3バックと両サイド、そして2枚のボランチが強固な守備ブロックを形成。そして攻撃に転じると、右のアサモア、左のアイェウ、そして1トップのギャンの個人能力で打開する。

 実際、ガーナの2つの得点シーンは、いずれも強烈な個の力がさく裂して生まれたものであった。先制点は前半5分。ハーフウエーラインでの味方のパスカットからケビン・プリンス・ボアテングが、一気にドリブルで持ち込み、そのまま左足でネットを揺さぶる。決勝点となった延長前半3分のゴールも、ディフェンスラインの裏に抜けたギャンが、相手DFの激しいコンタクトをものともせずに突進し、最後は倒れこみながらも左足でしっかり決めている。どちらのゴールシーンも、米国がやや虚を突かれた感はあったが、それ以上にガーナ攻撃陣のパワーとスピード、そして決定力が突出していたと見るべきだろう。

 もちろん米国も、この試合では自分たちのスタイルを貫き、その持ち味をいかんなく発揮していた。特に、ドノバンのPKで同点に追いついた後半17分以降は、中盤を非常にコンパクトにして、まるでバスケットボールのような目まぐるしいパス交換を駆使しながら、何度もチャンスを演出した。ただし、米国の組織立った攻撃に対して、ガーナもまた統率のとれた堅い守備で対抗。結局、PKで1点を献上したものの、ディフェンス陣の集中力は最後まで途切れることはなかった。それにしてもアフリカのチームで、これほどディシプリン(規律)がとれた守備をするチームは、果たしてどれだけあるだろうか。セルビア人監督ライェバッツは、本当に素晴らしいチームを作り上げたものだと感心する。

 かくして、アフリカ最後のとりでであるガーナは、うれしい初のベスト8入り。一方、グループリーグで数々のドラマを演じてきた米国は、ラウンド16で姿を消すこととなった。とはいえ、両者とも自分たちのスタイルを最後まで貫き、120分間にわたって死力を尽くして戦ったことで、私たちは素晴らしい感動を手にすることができた。やはり決勝トーナメントはこうでなければいけない。あらためて米国とガーナ、両チームの健闘に、心からの拍手を送りたい。

<この項、了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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