「航海士たち」の船出に、まだ視界は晴れず=今大会のポルトガル代表は期待に応えるか

市之瀬敦

蘇る栄光の歴史

ポルトガル国旗を掲げるサポーター 【Getty Images】

 ポルトガル代表と言えば、華麗なパスワークに卓越した技術。というのはサッカーファンにとって難しい連想ではないはずだ。では、ワールドカップ(W杯)のポルトガル代表と言ったら、何を思い浮かべることだろうか。
 1966年のイングランド大会や前回のドイツ大会のように、時々素晴らしい成績を残すチーム? 確かにその通り。あるいは1986年メキシコ大会や2002年日韓共催大会のように、期待をさせながら大いに失望させるチーム? そんな側面もある。だが、W杯に出場するポルトガル代表にとり常に一貫しているのは、ポルトガル栄光の歴史との結び付きであり、それは大会ごとに代表チームに与えられるニックネームによく反映されている。

 例えば、日韓大会のチームは「トゥーガス」と呼ばれた。トゥーガスとは旧ポルトガル領アフリカ諸国で「ポルトガル人」を意味する言葉だが、大航海時代以降にポルトガル人が世界に偉大な足跡を残したことを思い出させるようなニックネームであった。また、前回のドイツ大会は「コンキスタドーレス」、すなわち「征服者たち」で、言うまでもなく、これもまた大航海時代の偉業にちなんだ名前であった。
 そして今回は、カルロス・ケイロス監督自らのアイディアで、ポルトガル代表は「航海士たち」を意味する言葉、「ナベガドーレス」と呼ばれることになったのである。15世紀末、ヨーロッパ人としては初めて、南アフリカの喜望峰を周回したという史実に基づく命名である。

 さて、2010年のW杯、ポルトガル代表はヨハネスブルクの近郊マガレスブルクで合宿しているが、興味深いことに、グループステージの3試合の会場、ポートエリザベス、ケープタウン、ダーバンのいずれもが海に面しているのである。ポルトガルにとり、3試合とも標高ゼロメートルの会場でプレーできるのは幸運な巡り合わせ。だが、それに劣らず重要なのは、大航海時代のように安全な港を舞台として戦うことができるという事実ではないだろうか。

前半はポルトガル、後半はコートジボワール

W杯初戦は両者譲らずスコアレスドローとなった 【Getty Images】

 歴史が絡んだ前置きはこれくらいにしよう。15日、ポートエリザベスのネルソン・マンデラ・ベイ・スタジアムで行われたコートジボワール対ポルトガルの一戦。「死の組」と呼ばれるグループGで最初の強豪国同士の一騎打ちであった。結果はすでにご存じのように0−0の引き分け。勝ち点1を仲良く分けあったのである。

 前日練習の際、すでにケイロス監督がピッチ状態の悪さを指摘していたが、試合当日の雨もあり、ゲームが進むにつれデコボコが増えていったのは、パスをつなぐポルトガルには不利に思えた。さらにポルトガルにとってもう1つの懸念材料は、日本との強化試合で右腕を負傷したコートジボワールのエース、ドログバがプレーするのかどうかであった。その彼が先発メンバーにいなかったことに安心したのかどうかは分からないが、立ち上がりはポルトガルが優勢に試合を進めたのである。

 もう1年以上も代表の試合で得点を挙げていないクリスティアーノ・ロナウドが前半11分に放ち、ポストをたたいたロングシュートが決まっていたら、試合の流れはどうなっていただろうか。残念ながら、ポストに嫌われたボールが外に出てしまった後、ポルトガルの勢いが増すことはなかった。集中した守備を見せたコートジボワールの激しいチェックによって、中盤でのボール回しを余儀なくされ、チャンスらしいチャンスを生み出せなかったのである。前半の45分を見て感じたのは、両チームとも勝つよりも負けないことを重視しているという印象であった。

 しかし、前半、GKエドゥアルドが守るゴールを脅かすことがなかったものの、後半になると、コートジボワールが攻勢に打って出た。特にジェルビーニョのドリブル突破は脅威であった。そして、優位な試合展開に自信を持ったのか、エリクソン監督は後半21分、ついにドログバを投入した。何とか1点をもぎ取り、そのまま逃げ切りを図りたいという気持ちの表れであったのだろう。実際、ドログバには一度シュートチャンスがめぐってきたが、ポルトガルゴールをとらえることはできなかった。

 逆にポルトガルは、後半13分にデコのクロスを受けたリエジソンのヘディングシュートが相手GKバリーにキャッチされた以外でチャンスらしいチャンスと言えば、35分のロナウドのFKくらい。ケイロス監督は後半に入るとダニーに代えてシマゥン、デコに代えてティアゴを投入したが、大きな効果を生み出すことはできなかった。

 共に上位進出を狙う両チームの対決は、球際のせめぎ合いなどでは激しい意地のぶつかり合いが見られ迫力は満点。だが、全体を通して振り返れば、どちらのチームもW杯初戦の不安、緊張感そして戦術にとらわれてしまい、ファンの期待に応えるだけの内容ではなかったように思えるのである。

勝利あるのみの第2戦

ゴールが期待されたC・ロナウド(中央)だが、この日は不発に終わった 【Getty Images】

 それにしても、エリクソン監督がコートジボワール代表を率いてからまだわずか4カ月足らず。にもかかわらず、ポルトガルの攻撃を無力化する戦術をたたき込んだ手腕は見事としか言いようがない。W杯直前にエリクソン監督はかつてベンフィカを率いていた時代にヘッドコーチだったポルトガル人指導者トニーを急きょスカウティング担当に雇ったのだが、提供された情報がかなり役に立ったということなのだろうか。
 試合後、両チームの監督の表情と発言は好対照。ポルトガルのケイロス監督の表情は曇りがちで、コートジボワールの守備重視の戦術を批判。一方、笑顔もこぼれたコートジボワールのエリクソン監督は、選手たちの守備のクオリティーを高く評価していた。それは、勝ちにいったチームと、引き分けで良しと考えていたチームの違いを映し出していたのであろう。

「死の組」に入ったからには、ポルトガルにしてみれば、どの対戦相手に対しても油断禁物であることはW杯が始まる前から分かりきっていたこと。理想を言えば、第1戦と第2戦でコートジボワールそして北朝鮮を下し、その時点でグループステージ突破を決めてしまい、ブラジルとの第3戦は消化試合にしてしまいたかったのだが、第1戦のコートジボワール戦に引き分けた今、残る北朝鮮とブラジルとの2試合ではいかなる小さなミスも許されない状況となった。
 ブラジルが北朝鮮を下すのに大いに苦しんだ姿を見ると、決勝トーナメント進出の決定は第3戦までもつれこみ、おそらくは得失点差が重要な要素となるのではないかと思えてくる。となると、ポルトガルは次の試合、北朝鮮から大量得点を挙げることが望まれるが、守備の堅さはブラジル戦で証明済み。ポルトガルの前途も、洋々とはいきそうもない。
 2010年の「航海士たち」の船出は最悪でもなければ、良くもない。大航海時代の船乗りたちに比べると、いつもより少ない人数で攻撃に出た「航海士たち」には大胆さがまだまだ足りないようだ。しかし、第2戦で対決する北朝鮮は1966年大会で5対3という劇的な大逆転勝利を収めた相手。視界を晴らし、よき港に停泊するためには、確実に勝ち点3をもぎ取らねばならない。

<了>
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著者プロフィール

1961年、埼玉県生まれ。上智大学外国語学部ポルトガル語学科教授。『ダイヤモンド・サッカー』によって洗礼を受けた後、留学先で出会った、美しいけれど、どこか悲しいポルトガル・サッカーの虜となる。好きなチームはベンフィカ・リスボン、リバプール、浦和レッズなど。なぜか赤いユニホームを着るクラブが多い。サッカー関連の代表著書に『ポルトガル・サッカー物語』(社会評論社)。『砂糖をまぶしたパス ポルトガル語のフットボール』。『ポルトガル語のしくみ』(同)。近著に『ポルトガル 革命のコントラスト カーネーションとサラザール』(ぎょうせい)

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