“がんばろうKOBE”〜時代を超えた合言葉〜

野球ができないかもしれない!

オリックスユニホームの袖口に縫い付けられた「がんばろうKOBE」が神戸復興のシンボルとなった 【オリックス野球クラブ株式会社】

 1995年1月17日の阪神・淡路大震災から15年。オリックス・ブルーウェーブ(現オリックス・バファローズ)のホームタウンを未曾有の大地震が襲った。あの時、壊滅的な打撃を被った神戸で、失意に沈む市民の希望の光となったのが、オリックス・ブルーウェーブだった。
 「今から思えば、(地震直後は)野球ができる状況ではなかった。でも僕たちにできることは、野球しかなかった」と当時の選手会長・藤井康雄は振り返る。実際、野球どころではなかった。2週間後に迫っていたキャンプインさえも、球団内部で予定通り実施するか否かが検討されたという。神戸市の西部にあるグリーンスタジアム神戸も、球場に程近い合宿所も少なからずの被害を受けた。市民の日常生活がままならない状況のもとで、選手もすぐには、気持ちを野球にシフトできなかったのだ。そう、選手たちも被災者だったのだ。
 そんなある種、極限状態の中、「復興の一助として、野球で市民を盛り上げよう!」と判断した球団は、“がんばろうKOBE”というスローガンを決め、ユニホームの右袖にその言葉を縫い込んだ。後に、このフレーズが“新語流行語大賞”を受賞することなど、当時は誰が想像したであろうか。それも当然である。被災した街並みと、野球とはどう考えても結びつかなかったのだから……。
 しかし……、である。キャンプを終え、神戸での最初のオープン戦に集まった観衆はなんと8500人。神戸の中心・三宮とグリーンスタジアム神戸のある総合運動公園とを結ぶ地下鉄は半ばで寸断されていた。周辺の高速道路も生活救援物資運搬車に限って通行を許されている状況だった。大地震から2カ月しかたたない、そんな状況下で集まった8500人がどれほどの数字であるかは、容易に想像がつくはずだ。被災した市民は野球というスポーツに、ブルーウェーブというチームに、一条の光を見出そうとしていたのだ。

ブルーウェーブの勝利が復興シンボルに……。

 その年、“がんばろうKOBE”の合言葉のもと、ブルーウェーブは“マジシャン”仰木彬監督のもとペナントレースを快走した。佐藤義則、星野伸之、野田浩司、長谷川滋利、小林宏らの先発陣に、鈴木平、野村貴仁、平井正史のリリーバーは盤石で、イチロー、田口壮ら機動力ある若手に、ニール、藤井、高橋智の長距離砲、さらには福良淳一、本西厚博らいぶし銀のバイプレーヤーなど、バラエティーに富んだ個性がブルーウェーブにはそろっていた。被災した市民を勇気づけるために戦っていたブルーウェーブだったが、気がつけば、球場を埋めたファンの声援が、チームに大きな力を与え始めていたのだ。日を重ねるごとに増える観衆。チームの勝ち星と街の復興への道程を人々は重ね合わせていたのだろう。「球場に来られるお客さんは、皆、ジャージにリュックサック姿。しゃれた格好の人はいない。地震で傷ついた人たちが応援してくれている。僕らは野球でその気持ちに応えるしかなかったんです」と、田口はあのころに思いをはせる。
 大地が大きく揺れ、震えたあの日から245日。ホームタウンから600キロの距離を隔てた所沢で、仰木監督が歓喜の胴上げで宙を待った。万感の想いが詰まったリーグ優勝。ファンとチームが一体、一丸となって極めた頂点だった。袖口に縫い込まれたスピリットが、優勝という形で昇華された瞬間だった。

“がんばろうKOBE”。時代を超えた合言葉

 震災から15年。時間とともに、記憶や教訓が風化されてゆくことは、物事の道理ではある。街は復興を遂げ、震災を知らない、もしくはあの大地震を記憶にとどめない世代が、時間とともに多くの割合を占めてきたのだから仕方ない。ただ、大切なのは、あの“がんばろうKOBE”の精神を忘れないこと。オリックス球団は5月30日の東京ヤクルト戦を“がんばろうKOBEデー”として、さまざまなイベントを実施する。1995年の日本シリーズで対戦した東京ヤクルト(当時ヤクルト)を迎えての“がんばろうKOBE”デー。その日を限りにして“ブルーウェーブユニホーム”が復活する。もちろん、ユニホームの袖口には“がんばろうKOBE”の文字が縫いつけられている。そのほか、スタジアム演出も当時のもので統一するなど、時計の針を15年分、巻き戻して、“がんばろうKOBE”の精神をいま一度、ファンとともに分かち合おうというものだ。時代を超えたスローガン、“がんばろうKOBE”。流行語という一過性のものではない、永遠かつ普遍の精神を、ファンも球団も、決して忘れてはならない。

<text by 大前一樹>
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