“モテ男”川合、ガイチら、男子バレーのイケメンを紹介
1980年代から現在まで
80年代後半、バレーの全日本代表ながらアイドル的な人気を誇っていた井上謙(左)と川合俊一
80年代後半、バレーの全日本代表ながらアイドル的な人気を誇っていた井上謙(左)と川合俊一【Photo:アフロ】

 1980年代以降、男子バレー界にも人気の波が押し寄せ、空前のバレーボールブームが到来した。その人気は留まることを知らず、女性誌の増刊号として特集が組まれ、写真集も出版された。川合俊一や中垣内祐一、加藤陽一ら、アイドル顔負けの“イケメン”たちを、時代順にプレーバック!

実力、人気No.1は、やはり川合俊一

 現在、タレントとしての“顔”で知られている川合俊一。しかし、80年代後半から90年に現役引退するまでは、甘いマスクと一糸乱れぬ前髪で、男子バレー界のヒーロー的存在だった。日体大3年生の84年、ロサンゼルス五輪で全日本として活躍。翌年、富士フイルムに入社し、195センチの長身から繰り出されるパワー溢れるプレーで日本リーグ(現Vプレミアリーグ)の制覇に大きく貢献した。一方で、川合の人気は、「モテ男伝説」と呼ばれるほどで、バレンタインデーにはトラック4台分のチョコレートが届いたという逸話もあるほどだ。

 現在は、浅尾美和ブームを起こすなど、日本ビーチバレー連盟会長としても活躍している。


 この時代、川合、熊田康則とともに男子バレー界の“ビッグ3”と呼ばれたのが、井上謙(ゆずる)だ。順大卒業後の85年、日本鋼管(現JFE)に入社し、全日本メンバーに初選出。サウスポーの重いスパイクが持ち味で、同年の神戸ユニバーシアードでは金メダル獲得に貢献。85年、89年ワールドカップ、88年のソウル五輪の代表としても活躍した。94年に日本鋼管バレー部が廃部となると、96年から日立国分トルメンタにコーチ兼任としてプレーし98年に引退。その愛くるしい笑顔は、女性ファンの“王子様”としてハートをつかんだ。

90年代のスーパーエース“ガイチ”

スーパーエース“ガイチ”として、人気と実力をともに兼ね備え、多くの女性ファンの心を射止めた中垣内祐一
スーパーエース“ガイチ”として、人気と実力をともに兼ね備え、多くの女性ファンの心を射止めた中垣内祐一【Photo:アフロ】

“ガイチ”の愛称で90年代を中心に女性ファンから絶大な人気を博していたのは、中垣内祐一だ。筑波大在学中の89年、全日本に初選出され、同年のワールドカップに出場して6位入賞。翌年、新日鐵(現堺ブレーザーズ)に入った中垣内は、ルーキーながらMVP、猛打賞、新人賞、ベスト6と4冠を獲得、チームの日本リーグ優勝に貢献した。

 ジャンプ力は1メートル以上を誇り、最高到達点346センチから繰り出すスパイクで、90年代を代表するスーパーエースに成長。五輪には、92年バルセロナ大会に出場し、6位入賞に貢献した。04年には現役生活を終えると、その後は自身の所属した堺の監督になるなど、指導者の道を歩んでいる。


 五輪には出場経験がないものの、全日本のエースとして、キャプテンとして活躍したのが加藤陽一。筑波大在学中の98年、世界選手権で全日本デビュー。朝日健太郎、西村晃一らとともに全日本男子の中心選手となり、翌年の99年ワールドカップ、2001年ワールドグランドチャンピオンズカップに出場。最高到達点345センチからの華麗で強力なスパイクは、女性ファンのみならず、世界をうならせた。

 大学卒業後は、Vリーグの東レ・アローズに入団。02年には、さらなる高みを目指すために、日本人男子のアタッカーとしては初めてとなるイタリア・セリエAのトレビゾへ移籍、リーグ制覇に一役を買った。さらに、ギリシャ、フランスなど海外を渡り歩き、05年からはVリーグのJTでプレー。今年5月に同部を退部し、現在は地域に根ざすクラブチームのつくばユナイテッドに所属している。

頭脳明晰、眉目秀麗の福澤

2枚目俳優なみの顔立ちながら、サウスポーのスーパーエースとして、16年ぶりの五輪出場の立役者となった山本隆弘
2枚目俳優なみの顔立ちながら、サウスポーのスーパーエースとして、16年ぶりの五輪出場の立役者となった山本隆弘【Photo:アフロ】

 2000年以降に活躍した全日本のエースといえば、まさに2枚目俳優の顔立ちをした山本隆弘だ。2000年、サウスポーのプレーヤーとして当時の田中幹保監督に見い出され全日本初選出。201センチの体から繰り出される強烈なスパイクで、3年後のワールドカップでは、ベストスコア賞とMVPを獲得する活躍を見せた。まさに“山本あっての全日本”とさえ言われ、翌年のアテネ五輪最終予選に大きな期待がかかったが、結果は2勝5敗の6位。五輪出場を逃したことでメディアからバッシングも受けた。

 それから2年後の06年、山本は再び全日本に復帰。その年の世界選手権ではスーパーエースとしての役割をきっちり果たし、全日本男子の世界選手権ベスト8入りに大きく貢献した。昨年の北京五輪最終予選でも大活躍。前回受けた屈辱を晴らし16年ぶりとなる日本の五輪出場を決める立役者となった。


 現代表の“眉目(びもく)秀麗”選手が、福澤達哉。中学時代にはオール5を取り、在学していた中大法学部には一般入試で入った頭脳の持ち主。一方、バレーでは、身長189センチながら、スパイク最高到達点357センチと全日本メンバーの中でトップクラスの跳躍力を誇る。05年の大学1年次にワールドリーグに出場するなど、早くからその才能を開花させていた。しかし、07年、五輪切符を懸けたワールドカップでは直前でメンバーから外される。ライバルで、同学年の清水邦広(現全日本代表)が代表入りを果たしただけに、悔しさはひとしおだった。その悔しさをバネに昨年の北京五輪最終予選では、限られた出場の機会で、豪快なプレーで存在感をアピール。16年ぶりの五輪切符獲得に貢献し、悲願の五輪出場を果たした。今回も清水とともに若さ溢れるプレーを見せてくれるに違いない。


<了>

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